命のナマエ

□(12)
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昼下がりの午後、
あたしはいつも通り、散歩がてら廊下を歩いていた。

ここ数日間で急に、
ドワーフや人間の姿を目にする機会が多くなった。

といっても、たまにすれ違ったりするか、
その姿を遠目に見るくらいで、相変わらず交流はないけど…。



あたしはちょうど部屋から出てきたガンダルフと遭遇し、フロドの容体を聞くことが出来た。


そこで耳にしたのは、
フロドが先ほど目覚めたという嬉しい知らせだった。





その知らせはすぐに広まり、晩餐は宴会に変わった。
こうも様々な種族が集まっていると、まじまじと見つめてしまう。


その場には当然、ホビットたちの姿もあるし、
回復したというフロドも席に座っていた。

ずんぐりとしたドワーフの横に座っているのがたぶんフロドだろう。

初めてこの裂け谷に来た時に、ちらりと顔色を見たけど、
青白かった顔はたいぶ血色が戻ってきていた。



それから、綺麗な黒髪エルフの娘〈アルウェン〉が、前方の席に座っているのが見えた。

その美貌に思わず見とれていると、
視線が合い、にこりと微笑まれてしまった。



相変わらずガンダルフは、エルロンド卿と居てばかりだし、此処で知り合ったわずかな人たちとも席が遠い。


周りを見ても、知らない人間やドワーフばかりだ。


というわけで、
あたしは隣のエルフといつもの様に話すしかないのだけど。



「ハレン。
あまり食欲ないみたいだけど、大丈夫?」


彼はあたしの皿を覗きながら、少しだけ苦笑した。


「(…それは、あんたのせいだー!!!レゴラス!!)」



ここに来るまでの経緯を話すと、
レゴラスがいつものように夕食を誘いに来たところから始まる。

『宴会だよ』と爽やかスマイルで部屋まで迎えに来たレゴラスは、
当然のように『席は此処ね』と私を隣に座らせた。


テーブルには、彼の知り合いらしいエルフばかりが座っている。


しかもその後、
あたしの席からだと料理が遠いことをいいことに『取りたい料理があったら、私に言ってね。』と世話を焼かれてしまう。

あたしが何か言う前に、
すでに軽いサラダとパンとスープなどが手元に寄せられている。



あたしはこう声を大にして言いたい!


この状況を体験すれば、誰でも文句の一つ言いたくなるのは、当たり前だと思う!!



一番不満なのは、何で彼がこんなに平然としてられるのかという事なのだ。

あたしは、昨夜なかなか寝付けなくて大変だったというのに。




「ハレン、なんか怒ってる?」


「・・・怒ってない。」



どうせ、意識していたのは自分だけ。

エルフにとって、頬チューは挨拶なんだという心の中の偏見で、全て片付ける事にした。


あたしは、悩んでた自分が馬鹿みたいと思いながら、パクリとグリーンリーフを口に放り込んだ。

ぱくぱくとそれを黙って食べ続けていると、レゴラスは、ますます不思議そうな顔をした。



「でも、少し変だよ?」


ぐっと、食べていたものが喉に詰まりそうになり、急いで水を飲み干す。


空になったグラスをテーブルと置いて、
あたしは羞恥心にわなわなと震えて、レゴラスをじろっと睨んだ。



「・・・だから、それは…っ!!」



すくっと立ち上がり、大声で叫ぼうとした瞬間、
周りにいた他のエルフたちが、ちらりと視線を上げた。

宴会で騒いでいるとあって、何だ?くらいの軽い反応で、
視線が合う事はほとんど無かったけど、耳がピクリと動き反応していた。


そんな様子に熱は冷めてきて、すとんとそのまま椅子に座り込んだ。



・・・落ち着け、公衆の場なんだから。


いくら宴会とはいえ、人前で自分の恥を暴露するのはいささか恥ずかしすぎる。



言葉を飲み込んで塞ぎこんでいると、レゴラスはクスリと小さく微笑んだ。


その眼差しには優しさが込められていて、怒る気も失せてしまう。




・・・やっぱり、ずるい。




「レゴラスの馬鹿。」




あたしは彼が取ってくれた料理を口に運びながら、小さく呟いたのである。
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