螺旋短編

□荒野の果てに
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アイズは彼女をじっと見つめ、名無しさんの四方に広がった流れるような髪をすく。
もう片方の手で瞳の閉じられた顔のひとつひとつを愛しげに撫であげる。



「…アイズ…」



彼女はくすぐったかったのか身じろぐ。
小さく漏れた声は彼の名前を奏でた。

アイズはまさか彼女が自分の名前を呼ぶとは思っていなかった。


クリスマス当日にコンサートがある彼は、ここ1か月近くピアノの練習に励んでいた。
一週間前くらいからはリハーサルの関係もあって家を空けていることが多い。

たまに家にいる時もあるが、ピアノのある一室に長時間いるため、最近は彼女とまともに会話していない状態だった。

そんな彼女が、ピアノを弾いている最中の彼に対して、いきなり「大嫌い!」と大声できつい一言を浴びせた後、部屋にこもってしまったのはまさに今日のことである。


自分の名前を呼ぶ彼女が愛おしくて、
彼女の頬にやさしく触れた。
閉じていた瞼はやがて瞳がぱちりと開き、彼女はぼおーとしたまましばらく彼を見つめた。


「アイ、ズ・・・」



焦点のあわない寝ぼけ眼で名無しさんは静かに小さく呟いた。



「すまない、起こしてしまったな。」



「・・・ううん、平気。」



彼女は虚ろに開いた瞼を軽くこすっていて、まだ寝ぼけているようだ。
瞼はすこし下にさがり、瞳はぼんやりとしていて、わずかに潤んでいる。

ただ、少し覚醒はしてきたらしく会話はしっかりとしてきた。
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