螺旋短編

□荒野の果てに
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静寂が訪れると共に外気は冷え、
ガラス張りの窓ごしから厳しい寒さが伝染する。

クリスマスの前日だったイブも、今では当日と同様に派手やかに祝うことが多くなってきたが、
世界中を駆け回るピアニストである、彼にとってはその聖夜でさえゆっくりと過ごすのは難しい。



此処は、イギリスの郊外に静かにたたずむ小さな家。
ある部屋の一室に、彼女はいた。

パチパチパチと連続的に続くどことなく定期的で単純な音の根源は、部屋の隅に存在する暖炉から成る。

部屋の天井の中央部、ベル状の花の装飾がほどこされた複数のライトはスイッチが切ってあるため機能しておらず、この室内でその代わりを暖炉の炎がつとめていた。

暖炉の周辺は独特の温かさと明るさを満たしていて、
その成因である炎は次々と薪に燃え移りながら赤々とゆらいでいる。

どこか薄暗い室内はほのかに橙色に染め上げられて、幻想的な情景を浮かびあげていた。


ギィィと鈍い音を立てドアは開き、アイズはそっと部屋の中へ入っていく。


もう遅い時間帯であるのに、先ほどまでピアノを弾いていた彼は、
未だに片手に楽譜とペンを持ったままだった。

しかし、それほど疲れ様子は無く、
彼はいつものようにその部屋を見渡した。

そして、ソファにいる彼女の姿を確認すると彼はその傍らに腰を下ろし、
小さな丸テーブルにそれらを置いたのだった。


二人用のソファの傍らには彼女のお気に入りの可愛らしい靴が乱雑に転がっている。
彼女は足をソファの上にのせて、小さく身体をうずくめたままソファの左端に座っていた。

両手には編みかけのマフラーが編み棒をつけたままの状態でしっかりと握られているのだが、
当の彼女はこくこくと頭をゆらしながら夢の中である。


おそろく、マフラーを編んでいる最中に眠ってしまったのだろう。
明日はクリスマスだというのに、果たしてマフラーは完成するのだろうか…。

当日に大騒ぎして急いで編む彼女の姿が予想できて、アイズはフッと笑いが込みあげた。



「んんっ…」



そっと隣に座ると、考えていた事が伝わったのか彼女が少し身じろいだ。

突然、彼女が手に持っていた編み物は絨毯にトンと音を立て落ちた。
それと同時に、彼女は寝返りをうちながら自分がいる右方向に倒れてきた。


もちろん彼は突然の事に驚いたが、倒れてきた彼女の身体を両手で支えた。

彼女をゆっくりと自分の膝におろした後、落ちてしまった編みかけマフラーをテーブルにおく。


アイズは彼女を起こすわけにいかず、身動きがとれなかった。
寝室に運ぶこともできたが、久しぶりに見た彼女が愛しくてこのままにすることにした。
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