螺旋短編

□kiss and cry
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世界は私たちにとって残酷なの。


「・・アイズ・・・」


問いかけても彼は黙ったままで、なんの反応もしめさない。
その瞳は深い海の底に沈んでいくようで光が見えなかった。

私はそれをじっと見つめながら気付いた。

見えないのではなく初めから無いことに…

私たちのいるこの世界そのものがそんな病気に陥っているのかもしれない。
考えれば考えるほど深みにはまっていく、堕ちていく。


此処はなんて残酷で悲しい光のない場所なんだろう。



「アイズ、」


今度ははっきりと彼の名前をよんだ。
しっかりとその声が届くように、此処にいるよと気付いてもらえるように。

彼の瞳が一瞬揺らいで、私を見つめた。

その瞳は少し澄んだ空のような、淡い海のような悲しみが混ざっている。
彼は何も言わないけれど、私には声が聞こえた気がした。

それが助けてほしいと言われたように思えて、気が付くと彼の元に駆け寄っていた。

全身を血に濡れた彼の表情はいつもと同じ無表情で、泪の後もない彼の頬を両手でそっと包み込んだ。


「何を泣いている・・」


低い落ち着いた彼の声がその場に柔らかい風となって私に届く。

いつの間にか胸からこみ上げて目じりを熱くさせている感情はとめどなく溢れ出て、透明な雫となって彼の手の甲へと流下した。

それは紅の中に一点だけ彼の白い肌を露出させる。


ああ、これが彼を全部覆ってしまえればいいのに。


できるはずもないのに、望んでしまう思いはひどくむなしかった。


「アイズも泣いているんだよ。」

「泣いてなどいない」

「違う、心の中で泣いてる。」


そんなことをどうこう言っても何もならないのは理解している。

でも、彼は泣けなくて、私は泣ける。ただそれだけのことだ。


「少なくとも本当に泣きたいのはアイズ、貴方でしょう?」


「・・だが・・俺は泣けない。」


濡れた頬を冷たい風が触れてひんやりとする。
彼は無表情のまま、眉間にしわを寄せた。

やっとつむぎだされた言葉はやはり残酷なもの。
でも、この道がどれだけ残酷で悲しいものであっても、貴方の傍にいるから。

それだけは約束できるから。


貴方の感情がこれ以上忘れていかないように、貴方が貴方のままでいられるように、
私が貴方の為の世界になるから。

大げさだって、貴方は笑うかもしれないけれど。


「そんな顔をするな。」


そんなに辛そうな顔をしていたのだろうか。

彼が悲しげに苦笑をしたのに、ちくりと胸が痛んだから、少し伸びをして彼の瞼に口づけを落とした。


Kiss and cry
いつかこの泪が貴方の鎖を解いてくれますようにと祈りながら
 

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