螺旋短編
□spring flowers
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鮮やかな黄色の菜の花畑
小さな蒼いオオイヌフグリが連なってそれを囲む。
辺りはちらちらと白い小さな蝶が舞っていて、穏やかな情景だと思う。
しばらくすると、庭咲ににある早咲きの桜が見えた。
薄紅色の花びらは満開で青い空にすごく映えている。
もうそんな季節なんだなと名無しさんは考えながら、
自転車を扱ぐスピードを速めた。
月臣学園までは30分。
その道のりは遠いような近いような距離だけど、毎日通うその時間に苦痛はない。
ふと空を仰ぐ。
青い空には白い雲がふわふわと漂い、太陽の光が反射した。
やさしく髪を靡かせる風を感じ、陽だまりに温められた春の空気をゆっくりと吸い込む。
それが深く肺へと浸透して、吐き出した息が心地いい。
カチャカチャカチャ
ペダルを扱ぐ音とチェーンの音が連なる。
ゆっくりと仰ぎ見た空から視線を戻して、突き当たりの道を右折する。
ひとつ道を出て大通りに近い道路に行き当たれば、周りの風景は先ほどとは打って変わり人工的なものへと変化した。
名無しさんは扱ぐスピードを変えることなく、路側帯の白線内を走行し続ける。
すぐ傍で黒塗りの車が横を通るのを感じた。
そのまま直進すると思われた車は、自分の少し手前で左側に寄って、ゆっくりと停止した。
周りは目立つ建物はなく、こんな所で止まるのかと不思議に思ったものの、
避けるために少しスピードを落として通り過ぎようとした。
その時。
後部座席からすらりとした人影がドアを開けて、優雅な動作で道路に降りたった。
黒色の服にそれと同色の上着。
上着はあえてすべて羽織らず、両腕まで上げてあるだけだ。
しかしそれが彼には良く似合っていて、不自然に見えない。
少し風に靡いている髪は銀色でサラサラと舞っていた。
ガラス玉みたいに綺麗で吸い込まれそうな青い双眸はじっと私を見つめている。
「名無しさん」
ブレーキをかけた彼女に彼は近づく。
「アイズ、どうして」
恋人である彼の名前を口にするとすっと差し出された、それ。
それはいつの日か彼の部屋を訪れたとき、忘れたレポートだった。
何度探しても見当たらなかったから、失くしたものだと諦めていたのに…。
「これだろう」
ずっと探してくれたのだろうと思うと、すごく嬉しくなった。
「ありがとう」
それを手にして、お礼の言葉があふれ出た。
彼は気にする様子なく、それよりいいのかと話を切り替えた。
「遅刻するぞ。」
「え゛」
慌てて時計を見ると彼はその様子にフッと鼻で笑った。
「もういくね、今日はありがとう。」
「ああ」
慌てて自転車にまたぎ、名無しさんは右足をペダルに乗っけて、扱ぎだそうとする。
「あ」と思い出したように彼女は声をあげ、アイズを見つめた。
「行ってきます」
「ああ・・」
返ってきた言葉は『いってらっしゃい』ではなかったけど、
その短い返答にはその意味がこめられていたから。
穏やかな風が二人の間を吹き抜ける。
それは陽だまりの下の菜の花のような甘い香りが鼻腔をくすぐった気がした。
アイズは少し目を細め、彼女の後姿を見送っていた。
spring flowers
それは綻ぶ花のごとく貴方の前に訪れて・・
自転車こいでいる時思い浮かんだ事。
久しぶりに自分の思い通りに書けた作品。
ただ間違いがあるとすれば、もっと都会なんだろうなと思う。
黒い車はマネージャーが運転してます。
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