螺旋短編

□願わくば神の祝福を
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――皆が笑顔でいられますように・・



祈りに似た願いを星々の下に掲げよう。

いつも叶えたい夢は、プレゼントのように枕元に用意されているものでも、進んだ先に置かれているものでもない。

きっと絶望を乗り越えた場所にしかない未来は、簡単に手に入るものではないけれど…

私の願いはただの綺麗事でしかないかもしれないけれど、それでも信じていたい。


「アイズ・・・」

隣に座っている彼は読んでいた本から視線をはずして名無しさんを見つめた。

「どうした?」

怪訝そうに見る彼の表情に安心感がつのる。
今日は何の日かと聞くと、彼らしく何かあったのかと返された。

今日は7月7日。

世間では七夕となり、暗闇に包まれた空には綺麗な星々が輝いている。
今頃、恋人たちはそんな伝説に思い馳せるのかもしれない。

アイズと名無しさんも同様に恋人にあたるが、


「今日は七夕でね、短冊に願いを書くのよ。」


願い事が叶うという短冊。
自分の思いを乗せて笹の葉につけるのだと説明し、真っ白で何も書いてない短冊を彼に渡した。


「これは、アイズの分。」


彼がこんな日本の行事に参加してくれるかは分からないので、もし良ければと勧めた。


アイズは手渡されたそれをしばらく見つめて、黙りこんだ。
わたしはその綺麗な横顔を眺めながら、何を考えているのだろうと思う。


「何を書いていいか分からないな。」


ぼーと思考に浸っていた私は彼の言葉で現実に引き戻された。
彼は苦笑して私を見つめている。
何を書いたのかと問われて、自分の短冊に書いた内容を読み返した。


――皆が笑顔でいられますように・・



その意味は幸せに似ている。

だれど、その可能性がほとんど無いことも、それが困難な状況だということも、名無しさんは分かっていた。


(だけど・・)


ブレードチルドレンである彼が、皆が
明日を笑いながら生きていけるように・・


そう、いつの日か


(ああ、そうなったらどれだけ幸せだろう・・)


まだ遠い見えない未来を想像すると、少しだけ切なくなった。


きっと最初で最後の願い。
これは私たちだけでなく、皆の願いなのだ。

「いつか来るといいね・・」


そんな日が来て、いつか全て終わるといいね

そして、自分達の足で歩き出せることが出来るなら

もう誰も傷つけず、誰かのために、自分のために生きてゆけるなら


ただ生きるのではなく・・


「いつか来る、必ず。」


彼はその言葉を強調して、はっきりと告げた。
そしてペンをとり短冊になにやらサラサラと書いていく。

(綺麗だ・・)

その動作と文字に見惚れた。
英語で書かれた文字は、いっそう美しく見える。

横からそれを覗き込み、苦手な英語を奮闘しながら訳していく。
途中アイズに訂正を入れられながら、ひとつひとつ単語をゆっくりと。


やっと言葉になったところでひとつに繋げていく。
アイズはそれを何とも穏やかな表情で見ていた。


「一緒にいられるように・・えっ・・・?」


“名無しさんとずっと一緒にいられるように・・・”



「私と・・?」

その文字列は優しく切なく、心にじわりと染みこんでゆく。


二人でいれば、どんな事があっても、
絶望し続ける事はないだろうから。
もちろん、誰でもいいというわけではない。


「お前がいればきっと俺は乗り越えられる。
――笑顔でいられる。」


私の中の何かを揺れ動かし、内側から溢れ出る嬉しさはとめられないくらいで、思わず涙腺を緩ませた。


「その時まで・・いやずっと傍にいてくれるか?」


差し出されたアイズの手。


一番守りたいものがあれば俺は諦めはしないと云って、彼は私の返事を待つ。

頭の中にYes以外の言葉なんて用意してない。
その手をとれば、あの優しい微笑みの中へ飛び込めるのだから。


「・・もちろんいつまででも」


そっと彼の掌に自分のそれを重ねると、彼は優しい表情で迎え入れてくれた。
アイズは名無しさんを引き寄せて抱きしめる。

彼女はその温もりを感じながら、同じようにぎゅっと抱きしめた。


その晩、笹にくくりつけられた二つの短冊は夏の風にふわりと揺れた。


きっとアイズはこれからもピアノの旋律に願いを乗せて、
その傍らで同じように彼女も祝福を願い続けることだろう。


――絶望と孤独に満ちた、他でもなくこの世界のために・・




願わくは神の祝福を

 

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