螺旋短編

□残されたもの
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「アイズ・・・・」

彼の優しさに満ちた瞳は、不安と焦燥感に駆られた頑なな心を少しずつ溶かしていく。


「ここに来たのは、何かあったからだろう?」


アイズは彼女の性格を思い返しながら問いかける。

彼女は何かあれば必ず自分の所へ来る。
それが楽しい事でも悲しい事でも。

時に、悲しい時やひどく不安な時、打ち明ける勇気がないために、ただ彼の顔を見に来る事があった。

今回も同じだと彼は確信していた。

彼女は自分の助けを求めている。
元々、負けず嫌いで頑固なところがある彼女は自ら打ち明けることが苦手だから…。


アイズは名無しさんの顔を覗き込み、返答を待った。


「家にいたネコが、見つからなくて」


次第に言葉が多くなっていき、弱弱しかった声色は強さを増してきた。

彼女の話によれば、家でずっと飼っていたネコが今日の朝、突然いなくなっていたらしい。
彼女はそのネコをずっと探していたのだと言う。


「一緒に捜しに行こう。
一人より二人の方が早く見つかる。

まだ見つからないと決まったわけじゃないだろう。」

そう言ったが、次発した彼女の言葉は俺の想像とは異なっていた。

「違うの!!」

叫んだ悲痛な声。

「見つかったの。でも…もう遅かった。
私怖くて、あんな風になっちゃうなんて…受けれたくなかったっ!」


部屋に響いたのは、悲しい言葉。


「…死んだ、のか?」


その言葉に名無しさんの瞳からは涙が零れる。


「道路で見たの。いっぱい車通ってて…かわい、そうで…」

続きの言葉は紡がれない。紡げるはずがない。
泣き出す彼女を抱きしめて、そっとその髪をなでた。

人通りがあり、車が行き交うその場所で、冷たくなったネコを抱きかかえる勇気がなかったのだ。
そして今、彼女は置いてきぼりにしてしまったことを後悔しているのだ。


「気持ちは分かるが、自分を責めるな。」

「…アイズ。」

名無しさんはアイズから離れて、少し落ち着いた声で話す。



「私、やっぱりあの子を迎えに行くわ。ありがとう。」

彼女の顔は辛さと悲しみをにじませてはいたけれど、先程よりも強い口調で話した。


「ああ。タオルを持って行くといい。」


白いバスタオルを彼女に放り投げてやると、彼女はそれを胸に抱き締めた。


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