螺旋短編

□残されたもの
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外は雨

それも土砂降りの雨だった。
室内の音がかき消され、空気の振動による声の伝達も何時もより半減されるかのようだった。


「名無しさん、動けないだろう。」


ある高級マンションの一室に住む彼、アイズラザフォードは自身の彼女にやんわりと困惑の色を見せる。

名無しさんは先程から服の裾をぎゅっと掴んだまま離さなかった。

彼も恋人を引き離せるほど、心の冷たさと強靭さを持ち合わせておらず、立ち尽くして数分間が経過した。

アイズは大きなため息をついた。
突然の来客にお茶を出すことも間々ない。
仕方なく彼女の手を引き連れたまま、ソファに座り込んだ。



それは、ほんの数分前。
正午過ぎ、彼は作曲のためピアノに向かっている時のことだった。
自分のマンションに学生服の彼女が訪れたので、部屋に上げた。


彼女の性格上、学校をサボることなど今までなかった。
(リオやリョウコ、あのひよのという娘と楽しく学校生活を送っているようだし、
アサヅキやナルミ弟をからかって遊んでいると聞く。
むしろ、喜んで行っているようなものなのだ。)

今まで自身の部屋に来る時は必ず一言連絡を入れていたのに、今回は突然だった。

何よりも傘を持っておらず、髪は濡れているし、何かあったのか?と聞いても返答がない。

彼女の様子がおかしいことは明らかだった。

それなのにどんなに事情を聞いても苦笑するだけで話してくれない。

とりあえず彼女に温かい紅茶を淹れてやろうと席をはずそうとしたのだが、それを制され今に至るという訳だ。


さて、どうするべきか…。

彼は目の前にいる彼女に目を向け、考えた。重い沈黙が続き、雨が一層強く増しているように感じる。

アイズは仕方なくもう一度問いかけた。

「名無しさん、本当は何かあったんじゃ「なんでもないっ…」

言葉を発すれば瞬時に否定された。
弱弱しい声色ではなく大声でもないのに、寂しげに何かに必死で耐えているような声色だ。
それでも、彼女は平気だと言いたいのだろうか。

それはまさに、彼女なりの強がりだった。


「…やっぱり帰るね。」


無理矢理作ったような笑顔で席をはずし、するりと踵を返す。

「なんでもなくないだろう?」

アイズは名無しさんの手首を掴む。
振り返った彼女の顔を見れば、一目瞭然だ。


「何もないならそんな顔をするな。」


掴んだ手をそのまま引き寄せる。
今にも泣きそうな顔だった。



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