螺旋短編

□死にたいと君は言った、
1ページ/1ページ


死にたい、と君は言って、


 俺は生きたいと思った、




「アイ、ズ…?」


目を覚ましたら、
隣で眠っていた名無しさんが、顔を覗き込んでいた。


「どうした?…泣いてるのか?」

「アイズが泣いてるから。」


彼女の言葉の意味を図りかねていると、
頬に冷たい感覚が残っているのに気づいた。

名無しさんが指を這わせ、切なげに視線を寄せた。


「ずっとうなされてたの、悲しい夢でも見た?」


「分からない。」


定かでないそれの理由。

けれど、もし思い当たる節があるとすればひとつだけ。

失ってしまった大切な存在。
その大きさを思い出す度、時が経っている今もなお、心は痛んだ。



「――だが、悲しかったのもしれない。」




名無しさんは、
ゆっくりと涙の筋に指を這わせて、優しい唇で覆い隠す。


次に冷たい指先が、手のひらに降りてきて、ぎゅっと重なった。




「おかえりなさい。」


「――…ああ。」




交わった指先から、温度は交換されていき、熱は生産されていく。


シーツの擦れる音を聞きながら、
彼女は身じろぎして、布団の中にもぐりこむ。



「明日も早いから、もう寝るね。」


そう一言残して、少し安心した表情のまま、
眠りの世界に旅立っていく彼女を見つめていた。



アイズは名無しさんの涙で濡れた線をそっと指でぬぐってやると、小さく笑みを零した。


彼はゆっくりと瞼を閉じると、
そのまま、吸い込まれていくような深い眠りに誘われていった。




死にたい、と君は言って、


 俺は生きたいと思った。


君は旅立ってしまった後、


 ただ感情を失い、生きていくしか他なかった。



――それでも、今は、
希望があることを信じて、生き続けている。



いつか再会する日がくるとしたら、

俺が生涯を全うした瞬間だろうか。





君が生きるはずだった明日を今日も生きよう。


 愛する人々と共に囲まれた未来を、

 これからも、ずっと…。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ