螺旋短編

□キミという光
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でも、そんなささやかな幸せは脆く崩れ去った。


私は彼のホテルに訪ねて、何とか部屋まで入れてもらえることになったけれど、
アイズは一歩もソファから動く事はなかった。

おそらく食事も喉を通らないのかもしれない。

表情は変わらない、ポーカーフェイスだけにその痛々しさは余計に堪えるものがあった。


「…アイズ、これ良かったら食べてね。」


帰り際にそっと調理済みの料理をテーブルに置いておく。

何か会話することも、私から話しをすることも、決して励ます事もしなかった。

ただ向かい合った席に座って、彼と同じ時間をすこしだけ過ごして、
帰り際に食事を置いておくことを数週間、繰り返した。

実際に食べているのかどうかは確認していない。

弱った姿を見せるのは嫌かもしれないと思ったから、私から必要以上に構う事もしなかった。



その期間、一度だけアイズが口にした言葉があった。


「…名無しさん、すまない…。」


その言葉は私をさらに追い詰めるものだった。

いいや、アイズに罪はない。

カノン・ヒルベルトにだって罪もない。


分かっている。分かっているのに…っ


カノンが死んでしまわなかったら、アイズは今こんなに苦しまなくていいのに…


そう思ってしまう私はひどく自己中心的で、どちらにしろ彼を思いやれてないんじゃないか。

彼にとって必要ないんじゃないか、自分はただ彼を傷つけてしまう存在なんじゃないかって…。

ひたすら自問自答を繰り返す事になった。


苦しかった。

きっとアイズが一番苦しいのに、私も苦しかった。


なんで、死んでしまったのよ。カノン!


…アイズを残して、なんで死んでしまったのっ!?



もう二人の笑顔が見られないことが、とても怖くて、とても辛かった。



…このまま私もいっそ何処かに行ってしまいたくなる。

だって、アイズが幸せでないなら、私も生きてても仕方ないんじゃないか。

そうやって追いつめた時もある。


アイズが幸せになれない未来に何を見出せばいいか…分からなかった。

こんな不安がいつまで続くのか、いつまで待っていればいいのか毎日がとても怖かった。



それでもそんな生活を、何週間も続けたある日。





「…名無しさん。」


彼はいつもより少し穏やかだった。

私は呼ばれた声に誘われて、朦朧としたまま彼の隣に座ったのだ。


その瞬間、ぎゅっと抱きしめられて、急に目頭が熱くなった。



「…ありがとう、名無しさん。」


小さなささやきが耳元におりてきて、もう色々限界だった。


いっぱいいっぱいになってたのは、
アイズじゃなくて実は私だったのかもしれないと気づくのは、
彼にしがみついて泣き尽くした後だった。


アイズが言葉にしない分、黙って我慢しようと思っていたのに、
ぽんぽんと頭をなでる彼のしぐさに私のダムは決壊する。

情けない言葉の数々を吐き出してしまったのだ。



「なんで…カノンはアイズを残して逝ってしまったの?

会った時は、あんなに笑顔で嬉しそうだったじゃない。

あの時はまたねって手を振ってくれて…もっと仲良くなれるって思っていたのに…


・・・・どうしてっ!?


・・・どうしてこんな風になっちゃったの・・・っ・・・!?」



ぐちゃぐちゃになりながら、私はハッと気づいて必死に顔を隠す。

彼は優しく抱きとめてくれているけれど、
かえって自分の吐いた言葉がより浅ましくかんじられて嫌になりそうだった。


なんでこんな事言ってしまったの?


もう嫌だ…。




「…私…っ…帰る…っ…」




身をよじってその腕から逃れようとしたけれど、
彼は引き戻しゆっくりと口づけた。


唇から伝わる長い口づけに、しびれたように動けなくなる。

アイズが離れた後も呆然と見つめる私に、彼は少しずつ話をしてくれた。
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