螺旋短編

□voice
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君はどこで何している?

そんなこと逐一知るはずもないし、
全ての出来事を聞けるはずもない。


でもその笑顔を見てしまえば、

声を聞いてしまえば、

自分の物だけにしてしまいたい。



たとえそれが出来たとしても、

全てを縛ることは出来ないはしないけれど――









「アーイズ!」


私はソファに座っているアイズに、思い切り抱きついた。
しばらく忙しかった彼のコンサートや、私のテスト期間も終わり、
久しぶりの休みを満喫しようと部屋にやってきたのだ。



「…う〜、会いたかったよ〜。」


しばらくお預けだった柔らかな感覚を十分に堪能するために、
あたしはぎゅっとアイズを抱きしめる。

彼はというと何食わぬ顔で感動の再会とはとても思えないけど…

(私が大げさすぎるのかな)

この優しい恋人は背中に回し支えてくれ、もう片方の手で頭をなでてくれた。



「それで、テストはどうだったんだ?」


「まあまあだよ、アイズが教えてくれたおかげ。」



機嫌をよくした名無しさんはそのまま彼の隣に腰を下ろす。



「アイズもお疲れ様。コンサートはどうだった?」


「いつも通りだ。にしても今回は来なかったんだな。」


「え?――うん、用事があったの。ごめんね。」


「いや、気にしてはいないが…」


「実は、理緒と香ちゃんとカノン君でプールに行ってきたんだ。」


「プール?」


「前から行きたいねーってみんなで話してたの。」



突然アイズは少しむっとした表情で見つめ返した。



「どうしたの、アイズ?」


「何でもない。楽しかったのか?」


「うん、すごく楽しかった。皆で4人乗りのスライダーにも乗ったんだよ!」


ニコニコと話していると、アイズはうっすらと微笑を浮かべた。
その顔はとても綺麗だけど、いつもとは少し違って影があった。



「…名無しさん。」


「ん?」


「紅茶飲むか?」


テーブルには淹れたてと思われるティーポットがあるけれど、
来た早々話し込んでしまったのもあって、私の分の紅茶は用意されてなかった。

彼のカップだけに紅茶は注がれている。



「私の分、淹れてくれるの?」


アイズが淹れる紅茶は美味しいし、彼自身が淹れてくれるのも好きだ。


「のど渇いたし欲しい。」


顔をほころばせて喜んでいると、彼はにやりと笑った。
そしてテーブルに置いてあったカップを手に取り、そのまま飲み干した。



「え、えええ、…アイズ!?」



その顔は見るものを魅了するほど綺麗な微笑だが、
私は唐突に逃げたい気持ちに襲われた。



わたわたしたところで既にとき遅し。
手首をつかまれ強引に引き寄せられる。



「ん、んっ…アイ、ズ…。」


少しいつもより荒々しい口付け。
口内にそのまま紅茶が流れ込んできたのにびっくりしていると、
立て続けに舌がするりと入り込んできた。

その感覚に耐え切れなくなり思わずごくりと飲み込んだ。
それを確認するとアイズはゆっくりと唇を離した。



「…な、なにを、いきなり…」


「名無しさん、顔が真っ赤だ。」


「それはアイズが、いきなりキスするからでっ…。」


茹で蛸のように真っ赤な顔になった名無しさんが潤んだ瞳で視線を上げる。



「退屈だろうと思ってな。」


「え?」


「俺とは部屋にいてばかりだ。」


意外なことに彼は気にしていたのだ。
コンサートや仕事ばかりで、恋人の事を構ってやれないことを。

そんな事すら普段は態度に出したりしないのに。



「私は気にしてないよ?」


私はそっと彼の手のひらを包み込んだ。

ピアニストとして活躍するアイズと居られる時間は、ほんのわずかな時間だけ。

有名人とあって気軽に出かけられない事も付き合う前から分かっていた。
それでもアイズといるのは、他でもない彼だからだ。




「アイズと居れるだけで楽しいもん。
…一緒にどこかに行けたら、確かに嬉しいけれど。」



たまにどうしても会えなくて
ケンカの種になってしまう仕事のことだって、嫌いにはなれない。

私はピアノを弾いているアイズも好きだから。

そして毎日が楽しいのも彼のおかげ。


この人と居なかったら、私はとても味気ないつまらない生活を送っていたと思う。




「…俺がそうしたかった。駄目か?」


「駄目じゃないよ。駄目じゃないけどっ!――恥ずかしい…。」




アイズは目を見開いて驚いてから、私しか知らない意地悪な笑みで微笑んだ。
彼はこういった事を普段口にしないくせに、たまに大胆すぎる…。





「アイズ。あの、まさか嫉妬した?」


「そのまさかだ。」



私はやっぱりと心の中でつぶやく。



アイズは普段どおりのポーカーフェイスに戻っているが、
いつもより大胆で少しばかり強引だった。




「それで、キスの感想は?」


「感想!?――嬉しかった。」


「他には?」


「うーん、良かったけど…。」



口にしてから良かったって何だ!と自分に突っ込みたくなった。

その時アイズが満足そうににんまり笑うのを見てしまって、私はずりずりと座ったままソファの端っこに後ずさった。


逃れれるはずもなく、すぐに距離をつめられる。
自然とソファに横がけするように倒れてしまい、ますます追い詰められていく。




よく分からないが…この状況はあまり宜しくない気がする。




「そうか。なら続きを楽しむとするか。」


「続きって、何をっ!?」



私の文句はすぐに彼の優しい口付けでかき消された。
その日のことを多くは語るまい。

ただいつもよりも楽しそうなアイズを見れたとか見れなかったとか。



voice
(心の声を形に)(君への愛を形に)
 

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