螺旋短編

□貴方が好きだよ
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何かを手に入れるためには何かを捨てなくちゃいけない


それは本当のことだと思う


幸せを得るには犠牲を払わなければならない

安息を得るには絶望に打ち勝ち続けなきゃいけない



「アイズ…」


私の声に、彼は振り向く。


彼の手からこぼれ落ちる音の連なりに、いつも泣いてしまう。

まるで私の心を浄化しているみたいに…

全ての感情を洗い流してくれる



「また、泣いているな…」


彼は優しげに微笑んで、私の頬に触れ涙を拭ってくれる。

彼を表すかのような繊細な響きは悲しげだけど、何度聴いても愛しいと思う。


「アイズのピアノ、好きだよ。」


そう呟けば、髪を撫でてくれた。

沸き上がる温かい感情は冷たい空と違って、温度を持っていたから。

私にもこんな感情があったのだと思い出した。



「貴方が好きだよ」


彼は少しだけ辛そうな瞳で私を見つめる。


分かってる。

この空に祝福がないことも。

この恋が叶わないことも。

それでも。


「アイズが大好きだよ…」


硝子玉のような美しい青の瞳に私が写っている。

外は雨が冷たくて、この言葉の熱も奪ってしまいそう。

強くなるだけの雨音に鬱陶しさを覚えながら、私はそっと立ち上がり、彼の後ろに回り込む。

彼の背中に手を回し、ぎゅっと抱き付いた。


「俺達はブレードチルドレンだ。」

「ええ、そうよ。
血の繋がりはあるけれど、私は貴方を兄弟とは思えないわ。」


冷静な口調に重々しい抑揚。
ただ淡々と事実を告げる彼に、私は自分の思いを吐き出す。


「貴方は私を姉だと思う?」


彼はその言葉にピクリと反応した。


「俺はカノン以外を兄弟と思ったことはない。」


アイズの表情が譜面板に映り込む。
漆黒の中にうっすらと彼の苦々しい表情が浮かび上がっていた。


「だから、お前は俺の兄弟ではない。
大事な仲間の一人だ。」


過去にも彼の口からその言葉を聞いたことがある。
あの時はカノンもいて、3人で笑い合っていた。
その言葉を温かい感情で受け止めていた私ももう居ない。

貴方もあの時のように微笑んでもくれない。


それは彼が兄と認めていたカノンが敵に回ったから、というよりは…


カノンが居なくなったことで、
私のアイズへの気持ちが友情から愛情へと変わってしまったからだろう。


「名無しさん」


顔を上げれば、私の顔も譜面板に映り込む。

気がつけば泣いていて、彼の方を濡らしていた。


「俺はお前を仲間以上に…かけがえのない存在だと思っている。」


紡がれた言葉は例え恋愛感情が含まれてなくても、どんなものより愛しくて優しい。


「ありがとう。」


どんな感情であれ、大切だと思う気持ちは一緒だから。

降りしきる雨音に耳を傾けながら、静かな彼の呼吸を感じた。

何もできないこんな日だからこそ、
普段見えないものが見えるのかもしれない。


(私も貴方がかけがえのない存在だよ)


この言葉を私が紡ぐのも時間はいらない。





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