命のナマエ
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楽しい日々はあっという間に過ぎ去る。
此処を旅立つのは少しだけ切ないけど、
代わりに、
思い出があたしの心を満たす。
温かくて、
優しい…――
10 memory -思い出-
「…スランドゥイル様。」
あたしは視線を上げた。
彼はこんな日も相変わらず綺麗な容姿で、
派手な宝石を身に纏っている。
周りには従者を含め、見送りの者で溢れていた。
ついに、レゴラスたちと裂け谷へ旅立つのだ。
皆それぞれに別れの挨拶や言葉を交わす中、
あたしは一番感謝をしたいその人を前に、深く頭を下げた。
「本当に、
ありがとうございました…っ…」
自然と瞳が潤んでくるのを堪える。
ゆっくりと表を上げて、たたずむスランドゥイルに視線を上げる。
彼は優しい表情で見つめていて、あたしはそっと口元を緩ませた。
「…礼を言われるほどの事はない。
わしもそなたがいて、よい時間をすごせた。
残念ながら生意気な息子はいても、可愛い娘はおらんからな。」
レゴラスが聞いていたら、
誰が生意気ですかと小言を言いそうなものだ。
だが、今は運よくその場にはおらず、
スランドゥイルはニヤリと笑い、同時にあたしもくすりと笑った。
「毎日、楽しいことばかりでした。
あたしの中で、一番楽しい思い出と言えるくらい…。」
言葉にした瞬間、思い出す。
此処での日々を。
初めて会った時。
あたしを慰めてくれた時。
一緒にお茶を楽しんでいる時。
彼と共に語り合い、一緒に過ごした時間を。
「…スランドゥイル様に、
こんなにもよくして頂いて、本当に嬉しかった。」
少しだけ熱くなる目頭。
毎日続く宴会に、
ドレスを着せられ無理やり参加させられたことも。
ジュースと偽りワインを飲ませられた事も。
今では全部、いい思い出だ。
「だから…
この事は一生、忘れません…。」
この世界に来てから、
一番の笑顔を貴方に贈ろう。
貴方にとっては小さな事かもしれない。
何気ない言葉や行動かもしれない。
でも、それがあたしにとって、どれだけ嬉しかった事か。
とても言葉では言い表せない。
貴方は家族同然の存在だった。
こんな事を言ったら、馬鹿にされるかもしれないけど。