魔法

□ハロウィンと薬学教授
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「…セブルスー!!トリックアトリート!」


元気よく朝一番に、セブルスの自室に訪れたのは、
同僚兼恋人の存在である。


トビラを開いた瞬間に、
真っ赤な薔薇の花びらが炸裂して舞いふぶき、足元は赤い絨毯が広がった。


彼女はニコニコと嬉しそうに、両手いっぱいのお菓子を抱えている。


そんな謎の来訪を、
眉間にしわを寄せながら睨んだ挙句
(実際は呆れていただけなのだが、傍目から見るとそうしか見えない…)

彼は「騒がしい。」の一言で一喝した。


「とりあえず入れ。」と促すと、
彼女は一目散に定位置となったソファに座り、お菓子をテーブルに並べていった。

その最中、セブルスは杖を一振りし、
先ほどの薔薇の絨毯を綺麗に片付けた。



「で、どうせ…お菓子を要求しにきたのではないのだろう?」


セブルスは向かいの席に座り、ため息をついた。
最近はずいぶん彼女の思考回路も読めてきている。


「うん、お菓子はあるからね〜。
美味しそうなのだけもらってきたよ。

あ、これは甘さひかえめだから、セブも食べれるよ。
私が作ったの、食べる?」


にっこりと微笑む姿はいつも通りの彼女で、
ご機嫌な理由といえば、いつもよりも糖分確保が容易だという事だろう。


「食べる。
だが自分でも作ったのに、こんなにもらってどうする?馬鹿者。」


差し出された至ってシンプルなプレーン味のマフィンを、
セブルスは受け取りながら、小言を口にする。


「今度の論文は厄介だからしばらく缶詰だし、
これぐらいないと脳みそ持たないのよ。

それに、自分で作ったのはセブルスにあげるためだから。あるのはそれだけよ。」


元々知識欲が旺盛な彼女は、
どんどん薬学における知識と技術について頭角を現し、独自の分野である『まじない薬学』の構想を確立した。
最近はその文献をまとめたり、学会に提出したりという事を繰り返している。


「正しくは、我輩と生徒用に…だろう?」


「生徒?
ああ、手作りじゃないけど、渡したわよ。

というか、さっき大広間で派手にばら撒いてきたけど。」


言葉の締めくくりに、気になる単語がよぎったが、
セブルスは一瞬、目を細めるも無言を決め込んだ。

普段はおしとやかに振舞っている彼女が、
時折大胆で突発的な行動をとるのは今に始まった問題ではない。


これも付き合いの長さからなのか、
彼女が何をしたかなど聞かずとも、大概予想できたような気がした。


今頃、大広間はパニックであろう。


先ほどの薔薇炸裂よりもド派手な演出をしてきたに違いない。



「世話好きのお前のことだ、てっきり生徒にも手作りしたのかと想定していた。」


セブルスはそう言いながら、
ストックの紅茶の箱を見つめながら吟味する。


「私もそんな暇じゃないもの。

あ、私はアップルティーがいいわ。」


迷っていた紅茶のセレクトは彼女の一言で、
あっさりと決まった。

彼女の要望がある際は、セブルスも同じものを口にする。
それ以外は彼のお任せでというのが、二人のスタイルだ。


「…で、校内で『人気絶頂の美人教師』と噂される君が、
大事なハロウィーンの日に、こんなとこで油を売っていて良いのかね?」


セブルスが普段よりも幾分饒舌なのは、
手作りが自分だけという優越感からだろう。

機嫌がいい証拠に、珍しく魔法ではなく、
沸いたお湯を注ぎいれ紅茶を淹れ始めた。


紅茶の蒸気と共に、甘い芳香が広がった。



「その噂、一体どこから来てるんだか…。」



ティーカップを口に運びながら、彼女は終始困った表情だった。



「朝から扉の前にお菓子がズラーって並んでるし、それから引っ切り無しに人が訪ねて来るんだもの。

これ以上は私も受け取れきれないわ。」



つまり、彼女の話を要約するとお菓子をもらえるのは好都合だったが、
あまりの反響の多さに耐え切れず、お返しのお菓子を大広間にぶちまけて、逃亡してきたという事なのだ。


「ふん、生徒になりふり構わず、いい顔を振りまいているからそうなるのだ。」


「むっ、いい顔はしてないわ。

生徒に親しまれるのは悪いことじゃないんだし…。」


セブルスはすました顔で断言しながらも、
既に一つ目のマフィンを食べ終わり、二個目を手に取っていた。

その様子を見ていた彼女は目を見開いて驚いた後、くすりと笑った。


「…何がおかしい?」


「ううん、セブがたくさん食べてくれるのが嬉しいの。」


砂糖が控えめとはいえ、
本来甘いものが苦手な彼が、自分の作ったものを食べてくれる。

その喜びは、彼女の心にくすぐるような甘いときめきを沸き起こす。



「セブルス。」



名を呼ぶと、漆黒の瞳が揺れた。



「私は、セブルスといるこの時間が何よりも一番好きだよ。」



突然の告白に、彼は驚きに加え、顔を赤らめていたが、
しばらくの沈黙の後、やはり不敵な笑みと共に決まりの返しが遅れてやってきた。



「奇遇だな…。
我輩も、何よりも一番その時間が心地よい。」



その言葉を、彼女も心に刻み付ける。

今日という日の特別なワンシーンとして。



「ねぇ、セブ。

お菓子より欲しいものがあるんだけど、くれないかしら?」


「それが何かを直接、口で教えていただけるのなら、お答えしよう。」



そう言いながらも、彼もその言葉の意味を感じ取っている。



「…あなたの甘いキスが欲しいわ。」



「ならば、お望み通りに。」



重厚な彼の声色が落ちてくる。


お菓子よりも甘い口付け。


それが、二人にとって、
一番のハロウィーンの贈り物になったという結末は言うまでもだろう。


――next..?――

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