螺旋短編

□荒野の果てに
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「・・・ねぇ、アイズ。」


ああ、顔が近いと名無しさんはふと気がついた。

それもそうだ。
アイズの膝に彼女の頭が乗せられていて、
その上、彼は彼女の顔を覗き込んでいるのだから。


名無しさんは上から覗き込む深い海のようなアイズの瞳を見て、
時折その中に吸い込まれていくような感覚になる。




「・・・どうした。」



アイズは何事も無いように再び、彼女の髪に触れながら、会話をつなげる。




「ううん、なんでもないの。」



名無しさんは嬉しそうに微笑んで、そのまま何も言わなかった。

その行動に彼は怪訝な顔をしているので、
彼の白く長い指先と自分のそれを絡めて、誤魔化す。

その直後、アイズの手に力が込められ、
手の平どうしは硬く深く架なさり合わさった。



「・・・名無しさん、すまないな。」



彼からそんな言葉がでたのは、おそらくこの聖夜でさえ、
まともに時間を共にすることができないから。

それを悔いるような謝罪の言葉を辛そうに口にした。


「もう、いいの。」


重なった手の平を自分の元に引き寄せる。
そうして、そのままアイズの手の甲に軽く口付けを落とす。


「私もごめんね。」



アイズは黙ったまま、静かに名無しさんを見つめている。
その顔に先程のように辛そうな表情はない。

室内はパチパチパチという音のみが支配する。


「・・・・・・」



アイズが何の反応も見せないかと思われたその瞬間、
彼は絡ませた指を滑らせ、彼女の手を引き寄せる。
そして、そっと彼女の開かれた手の平の中にくちづけた。

やわらかい唇の感覚がふれているという感覚に名無しさんはドキリとして、
高鳴る胸の感覚のなかにきゅっと胸がしめつけられるような愛しさが襲った。



「・・・アイズ・・・」



何故だか泪があふれてきそうなくらい心も目頭も熱くなる。
目の前にいるこの人がこうさせるのだと、名無しさんは思った。


額にも同じように優しく甘い口づけが落とされる。
その度に、彼女の視界は美しい銀色で覆われるのだ。



「愛している。」



アイズは額から離れ、小さく耳元でささやく。


今日という一日を十分に過ごせないのは、少し切ないけれど。

例え、明日を一人で過ごさなくてはならなくても、こうして今、彼の側にいることが出来るのは私だけだから。

彼の隣りにいられるその事実に嬉しくて、愛しくて後は何もいらないと思えた。

その瞬間さえあれば、何もいらないと。



ボーンという音と共に振り子時計が12時をさし、一日の終わりを告げた。


アイズの顔が近づき、名無しさんは降り注ぐ銀色に眼を奪われながら、
近づいてくる深い蒼に吸い込まれるように、瞳を閉じた。


いつの間にか外はぱらぱらと雨が降ってきていっそう寒くなるのに対して、
触れあう唇だけは温かくて、優しかった。
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