命のナマエ

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そして、ついに決断の時は訪れた。



「…私たちは、今後の方針を決めなくてはいけない。

このまま、旅の仲間として同じ道を進むのか?

それとも、おのおのが別の道を選んで、
行きたい道を選択するべきなのか?

ボロミアの意見であるように、ゴンドールに向かい戦いを臨むか?

それとも、東に向かい、直接モルドールの火口に向かうのか?」




アラゴルンが仲間を呼び寄せて、話し合いをはじめたのだ。
モルドールに向かうか、ゴンドールに向かうかという二つの選択をせまられていた。



「フロド…。答えは出そうか?」



旅の決定権は、指輪所持者のフロドに預けられている。


もしフロドが、ゴンドール行きを望めば、
彼の決断に賛同した者が、旅に同行するはずだ。


けれど俺の見立てでは、
依然として、その可能性が低いように思えた。


そんな風に考えをあぐねていると、
フロドは悩ましそうな顔をしたあげく、首を振るのだった。



「急を要することは分かっていますが、
どうか1時間だけ時間をください。

その間に必ず答えを出します。」



彼が悩むのも当然で、
これは仲間の未来さえも揺るがすことになる大きな決断だった。


アラゴルンは、しばらくの間、フロドがひとりになる事を許可した。

他のメンバーはこの場に残り、
フロドの帰りを待ちながら、自分たちはどうするべきかを各々考えふけっていた。



(やはり、フロドを説得しなければ、
仲間の力を借りる事は厳しいだろう…。)


俺もそんなことを考えながら、
ひとりでゴンドールに向かうより、
もっと確実な対抗措置があればいいのにと思い始める。



ふいに後ろで話し声が聞こえた。
振るかえると、アラゴルンがハレンと会話している。


神妙な面持ちで話し出すアラゴルンに、
ハレンは聞き入っていたようだが、
途端、言葉数が多くなり、激しい声でたたみかけるのだった。


「…アラゴルン。

あたしは確かに怖かった。

ガンダルフがいなくなってから、悲しんでる皆を見ていてとても辛かったし、
徐々に消耗していく気力と戦いながらも進まなくちゃいけない旅も苦しくて、

…それでも、失いたくないものはたくさんあるって気づいた。


あたしがどんな道を辿っても、

恥じない生き方をしたいって、

みんなの助けになりたいって、


何度もこの旅で思った。」



初めはケンカを疑ったが、
彼女の話をよくよく聞いていると、ぜんぜん違った内容だと分かった。


ハレンのまっすぐな思いが伝わる。

彼女が語った気持ちは、
きっと他の仲間も共感できるだろう。


ーー誰しも少なからず、大切なものを失ってしまう。

それでも、俺たちは歩みをやめずに、
前に進み続けなくてはいけないのだ。




「あたしは、諦めないから…っ。


皆の道はそれぞれを選ぶことになっても、

皆の心はひとつだって信じ続ける。


あたしは、いつだって、


これからも、この旅の仲間が“家族”よっ!!!」



ハレンの言葉が俺の心に響いてくる。


と同時に、強い衝撃も受けた。



不思議だ。

はじめて見たときの彼女は、
少女のように繊細で、一方で我慢強く、
心の中に何かを秘めていたが、妙にこわばり縮まりきって、はっきりと言葉にすることもなかった。


今はそれが嘘のように、
あっという間に、大人の女性として、
ひとりの人間として、公然とした態度でアラゴルンと対峙している。



いつだったか…アラゴルンは言っていた。


『あの年齢くらいの娘は、私たちが子供のように思っていてもすぐ成長するぞ。

ハレンもいまや立派な女性だ。』



まさにその言葉通り、
旅を経て、彼女は立派に成長していた。



(…そういえば、フロドがひとりになって、
どれくらいの時間がたったのだろう?)



やはり、彼の居場所が気になり、
そわそわする気持ちが抑えられない。


いつの間にか、仲間たちは丸い円を作って集まりながら、
ぽつぽつと今後のことを語り始めている。


ひとまずは俺も黙って皆の話に耳を傾け、
それが会議のようになり始めた頃、こっそりと抜け出すことに成功した。



…ハレンがすでにその場にいないことすら、
その時の俺は、気づくことはできなかった。
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