ウィンダリアの剣

□第一章 神殺しと魔女
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一.


 少年は弓を引いた。
 目を細めて狙いを定める。春先だというのに、口から白い吐息が漏れた。静かな森の中、聞こえるのは小さな草木の囀(さえず)りと、自分の息遣いだけだ。
 少年は矢を放った。
 それは真っ直ぐ空を裂いて奔る。そしてそれは少年の視線の先にいた子鹿の首もとに吸い込まれていった。
 子鹿は何が起こったのか解らないまま、か細い鳴き声を漏らしながら地面に伏した。まだ息があるらしく、必死に迫りくる死に抗うようにバタバタと藻掻く。
 少年は弓を背に仕舞い、腰から剣を抜き放ちながら駆け出した。
 子鹿のもとにたどり着くと、少年は矢を抜いた。子鹿の、円らな瞳が少年を見ている。死にゆく者の瞳。少年はこの瞳に生かされている。死を糧にしているのだ。
 少年は少しだけ唇を噛んだ。
 そして、
「――ありがとう」
 剣を突き立てた。



「おかえりーっ!」
 少年――フェンが朝の狩りから帰ると、最初に出迎えたのはやはりというかなんというか、幼馴染みの少女だった。
 少女は恐ろしい勢いでフェンの腹部にダイブしてきた。「ぐふ……」呻き声を漏らし、後ろ向けに倒れる。頭を打った。痛い。ちょっと意識が遠退いた。なんとか堪え、頭を上げる。
「なにす」
「わぁっ! 今日は子鹿さんなんだねっ!」
「……」
 抗議しようとしたが、邪気のない笑顔でそう言われれば怒ることも出来ない。それはフェンだからかもしれないが。
 溜め息を漏らして、フェンは少女の頭を撫でた。少女がこちらを見つめた。
 フェンは目を細めて言った。「――ただいま、ティア」
「うん」少女――ティアはにこりと微笑んだ。「おかえり」
 えへへ、と笑うティア。慌ててフェンは顔を背けた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「顔赤いよ? 熱?」
 ティアが手のひらをフェンの額に当てた。唇をほんの少し尖らせて、「うーん熱はないなぁ」と呟く。いや、ないのは自分がよく解っているんだが。
 単に笑顔が可愛らしかっただけだ。言えるわけないだろう。そんな恥ずかしいこと。
「本当に大丈夫だから」
 フェンはやんわりと額に当てられた手を払った。
 まだ心配なのか、表情を曇らせるティア。フェンは念を押すように大丈夫だともう一度言って口元をゆるめた。
 甲斐あって納得してくれたらしい。ティアの顔が晴れやかになった。
「よかったぁ〜」
 安心を如実に表現するがごとく胸を撫で下ろす。それからぱあっと笑んだ。向日葵のような眩しい笑顔だった。フェンは不覚にも胸がときめいてしまった。
「じゃあ、今日も一緒に遊べるね!」
「……」
 そっちか。
 解ってはいたことだが、僕のときめきを返せと思った。
 とはいっても、ティアと遊ぶのは嫌いじゃない。むしろ楽しいと思う。
 ただ問題があるとすれば、たまにとんでもないことをしてくれたりする。お陰で後始末はフェンの役目だ。それだけは勘弁してほしい。毎度始末する身にもなってくれ。切に思うね。
「フェン?」ティアが首をかしげた。
「……ああ、うん。そうだね。やることやってからならいいよ。というかさ……」
「ん?」
「とりあえず……退いてくれないかな?」
「ほ?」
「重くはないけど……動けない」
「あ、ごめんごめん忘れてたよ」
 忘れないよ普通。フェンの上から退くティアに嘆息混じりに内心で呟く。考えてもみれば、年ごろの女の子が男に馬乗りするのはどうなんだろうか。
 まあ、ティアだし仕方ないか。
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