novel

□依存症
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――依存


それは…
あるものを頼りとして生きてゆくこと


言い換えれば


そのあるものが無ければ
生きてゆけない状態のこと……




強い……





雨の降りしきる日だった


外の植物たちが、雨に叩き付けられる
音がこだまする



此処の参謀が
しばらくは敵が動かないだろうと見込んでの


一時休戦


だからといって
明るい表情の者がいる筈も無く


この暗さはたとえ
雨が止んだとしても変わりはしないだろう


それならばいっそ

もっともっと強く大地を叩き付けて

世界を暗く染めてしまえば良い



ただ 眼を閉じて

雨の音に耳を澄ましていれば

そんな考えが頭を過ぎって行く




「…寝ているのか、高杉」



雨音に混じって聞こえてきたのは

気を落ち着かせる柔らかな声



「寝てねェよ…」



ゆっくりと両の眼を開けば

艶めく長い髪が、其処に在った。



「そうか」



彼の頬に 小さな笑みが浮かぶ



その笑みはいつも高杉の心に
小さくも暖かな明かりを灯す



あれだけ鼓膜に鳴り響いていた雨音が


遮断されたかの如く 
すっと 耳の世界から消えた



――なんて威力だろう…



今 高杉を支配しているのは

長い髪の彼から発される柔らかな声だけ


「…参謀さんよォ」



濃紺の着物をなびかせながら
桂は畳の片隅に置いてある
小机に腰を下ろした



「…俺は別に参謀と言う訳では…」

「ククク…結構満更でもねぇくせに」



戦略的な事を取り仕切っているのは桂だ

その為か彼を”参謀”などと呼ぶ者達もいる



「……まぁ、な」



両目を伏せてふっと笑う桂


高杉の言う通り
その響きが気に召しているのは事実の様だ



「奴らは本当に動かねーのかァ」

「ああ。そろそろ向こうも
休みたい時期だろうからな」

「…くく、これでもし襲撃でもされたら
参謀として顔向けできねーなァ」

「まったくだ」



に…と笑う彼

そんな事あるわけ無いだろう。

眩い光を放つその瞳はそう言っている



――たいした自信だなァ。




ざわざわ…

心がざわめく

すべてが…

てめぇのすべてが…



…俺を狂わせる




「…ヅラぁ」



何時の間にか自分のすぐ隣に来ていた高杉に

しばし驚いた顔を見せる桂の顔



「…どうした?」



長い睫毛に縁取られた漆黒の瞳に

透き通るような白い肌に

着衣の上からでも隠しきれぬ細い身体に



誘われて



引き寄せられる様に 唇を重ねた



さら さら…



艶めく長い髪に指を通せば

さらりと柔らかく心地良い肌触り



病み付きになる感触



それは髪だけでは無くて

しんなりと筋肉の付いた木目の細かい肌も

艶やかに潤う赤い唇も



一度触れれば手放せない




――何だってコイツは 何処触っても
こんなに気持ち良いんだろう…




重ねた彼の唇から 濡れた声が零れ出て

煽られる



唇を離すと

細い首元に顔を埋め

その白い項に舌先を這わせて行く



「……ん、」



額に、彼の熱い吐息を感じる



きっちり襟の揃えられた
着物の中へと手を忍ばせると


小さく反応する彼の身体



僅かにはだけた着物から覗く彼の胸元には

未だ赤みを失ってはいない跡



同じ場所に唇を落とせば

鮮やかさを増す朱色



「……高杉、…っ」

「…晋助、って呼べって…言ってんだろ?
……小太郎」



上目遣いに彼を見詰める



下の名を呼ばれるのには
どうにも抵抗があるらしく


桂の顔色はまるで苺の様だった



その姿に口元を緩めずにはいられない



――ああ…

本当に……




「……小太郎……」




細い腰に腕を回して 帯に手を掛けたとき…




「桂さーん…」



何処からか聞こえる 桂の名を呼ぶ声




はっとした様に
閉じかけていた眼を見開き
瞬きを繰り返す桂



「――高杉、」



自分を放すよう促す彼の身体を
しがみつく様に抱き締める



「…こら、放せ…晋助」

「嫌だね……。…行くなよ、小太郎…」



桂は困った様な表情を浮かべた



「……すぐに、戻るぞ?」


「分かってらァ」



彼を抱き締める手に力を込める



――分かってる……分かってるんだ


それでも…

一瞬でも…

放したくは無い

どうしても

どうしても…




全く…と彼の口から小さく
溜息が零れたのが高杉に伝わった




「……子供か、お前は……」




仕方なさそうに

それでも桂は高杉の背中に手を回した…





相も変わらず大地を叩き続ける雨


けれど夢中で互いの熱を感じ合う二人に


その音は聞こえる筈も無かった…






桂小太郎というものは

戦って戦って

身も心もずたずたに傷ついた自分を

最高に癒してくれる

何よりの特効薬




――ただひとつの難点は



とんでもなく

高い依存性を有しているということ…


恐ろしい迄に 激しく 強烈な

並大抵では無い…依存性




もう 此処まで 中毒してしまった俺は


この依存症から



一生 抜け出す事など
出来はしないだろう……







                  終

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