novel

□月夜の再会
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美しい満月が、出ていた。



『指名手配 攘夷志士 桂小太郎』


近ごろ、街中でよく見受けられるようになった貼り紙。

一時は『狂乱の貴公子』などと周囲からもてはやされたものだが、幕府が天人に屈した瞬間、掌を反したように今度は指名手配犯扱いとは。


まったく、民衆というのは勝手なものだ。
…いや、悪いのは民衆ではない、幕府だ。
自分たちを好きなだけ祭り上げて、不用となったら即座に捨ててしまう。


あんな腐った幕府など、この国には必要ない。さっさと滅ぼしてしまえばいい。
今の桂は、本気でそう思っている。


「……あのぅ、すみませんが…」


ふいに、桂に声をかけてくる者があった。
編笠越しに、桂はその者を見つめた。
至って普通の、町人のようだ。
男で、若くはない。
しかしよく見れば、彼の他にも自分の方に視線を向けている者が数多い。


桂は、編笠を深く被り直し、冷静な声で返した。


「………何か?」


その冷淡な声に怯んだのか、町人は言葉の続きをなかなか言おうとしない。



「………あ、あの、…あんた、」
「攘夷志士の桂小太郎ですねィ?」



突然、男の口調が変わった。
随分と若い――それでいて、先程の町人とは全く違う、芯の通った強さを感じる。


―――危険だ!


本能的にそう感じた桂は、素早く身を退いていた。



ザンッ…



瞬間、桂の被っていた編笠が見事なまでに真っ二つに裂かれた。



「……あーあ、残念。その綺麗なカオに、真っ赤な線一本入れてやろうと思ったのになー…」



「………っ」
目の前にいるのは、まだ十代であろうあどけない顔をした、茶髪の少年が一人。


ただ、真っ黒な隊服に身を包み、片手に剣を構えた姿が、すべての愛らしさを半減させている。



………この隊服……!



桂は考える前に、彼の前から踵を返した。



「逃がしませんぜ」



彼が追ってくるのがわかる。

すると、沢山のサイレンの音と共に、彼と同じ隊服を着た者達が、次から次へと姿を見せ始めた。



「くっ……」



これだけの人数を一人で相手しつつ振り払うのは、桂といえどさすがにきつい。


軽やかな動作で、桂は屋根へ登った。
普通に考えれば自分から目印になるようなものだが、幸い今は夜。
上手く光を避ければ、下にいるよりずっと安全だ。



「桂だーーーっ」
「追えーーー!!」



真っ黒な隊服。腰には刀。
それこそ、『真選組』なる集団の証。



桂が出くわすことは初めてであったが、近ごろ、街の治安を維持すべく、『真選組』という武装集団が出回っているという噂はよく耳にしていた。


幕府の犬には違いないが、奴らは、ただ者ではない――
桂はかろうじてかわした先程の一撃を受けて、そう感じた。


あの茶髪の少年。
もう一瞬後ろへ退くのが遅かったら、間違いなく頭を割られていただろう。



桂は、ぞくりとした。


まさかあそこまでの剣の使い手がいようとは――…



「ちっ……厄介な連中だ…」



巧みに光を避けながら静かに走る桂を、真選組は見失い始めたらしい。


どうにか撒いたか。

そう思った瞬間――



「見つけたぜ、桂ァ」



茶髪の少年がニヤリと笑んで、こちらにバズーカのようなものを向けている。



「……な……!?」



ズガァァァン!!!


刹那――恐ろしい爆音が響いた。
桂のいた場所に、巨大な穴が空いている。

桂本人は見当たらない。



「ち…しとめ損ねたか」


茶髪のあどけない少年は、舌打ちをした。




爆音と硝煙に紛れて屋根から飛び降り、どうにか桂は真選組を振り払った。


もう、人影は見当たらない。



安心して、ほっと息を零すと、急に左足を鈍い痛みが走った。


「………ッ」


先程、バズーカで撃たれた際、ほとんど避けたものの、左足に掠ってしまったのだ。


かなりの威力のようだ。
まともに喰らったわけではないのに、熱を持ち、ズキズキと痛み始める。



……はやく、隠れ家へ戻ろう。
まだそう遠くへ離れたわけではない。
またいつ見つけられるかわからない。



桂は左足を引きずりながら、出来るだけ早く足を進めた。



血を流したのなど久しぶりだ。
そのせいか、頭が少しくらくらする。


この程度の怪我、昔は日常茶飯事だったのに――…



ずきん、ずきん

痛みが増してくる。
最近まともに寝ていないせいだろうか、頭が重い。



もう少しで隠れ家へ着く、という所で、くらりと激しい眩暈に襲われ、桂は前に崩れ落ちそうになった。



しかし、その身体は何かに受け止められた。
前をよく見ていなかったせいで、そこにいたであろう人に向かって倒れ込んでしまっていたのだ。



「……っ、申し訳ない」


情けない。なんと情けないのだろう。
道端でふらついて見知らぬ人に受け止められるなど。



桂がその者から離れようとすると、急に腕を強く掴まれた。



「……、っ!!」


まさか、真選組。

さっと血の気が引き、桂は必死に手を振り払おうと腕を動かした。



「…放せ、ッ……!」


しかし相手も男。
それなりの力があり、桂はなかなか振りほどけない。


まずい。


そう、焦り出した瞬間――



「………ヅラ?」



聞き覚えのある声が、桂の愛称を呼んだ。


その声に、桂は動きを止める。


この、懐かしいような声は、まさに目の前から聞こえてきたのだ。



顔を上げて、改めて目の前の男をちゃんと見つめる。



暗闇に馴れた目に、白い包帯と紫色の瞳がぼんやりと浮かび上がる。



「………高杉……?」



桂の零した言葉に、
目の前の男が、ニヤリと笑む。



「……久しぶりだな」



良く見知った顔に安心感を覚え、気が緩み、ますます頭と足の痛みが鮮明になった。


眩暈が再び襲い、思わず、もう一度高杉にしがみついてしまう。



高杉は桂の肩を掴んでその身体を支えた。


「……大丈夫か?」
「……すまぬ」



「…何処か、休める場所へ行かねぇとな」
「……あぁ、それなら、俺の家がすぐそこだ」
「家?」
「隠れ家だがな」
「そうかィ。じゃあそこまで頑張って歩け」



そう言いながら、高杉はしっかりと桂の身体を支えてくれていた。


彼のそんな気遣いが嬉しくて、桂の心に小さくも暖かい灯がともった。



自然と、素直な言葉がこぼれてくる。


「………ありがとう…。……高杉」
「…礼はカラダでしてくれるんだろ?」
「……バカな事を言うな、変態」


たわいもない話をしながら、二人は桂の隠れ家の中に入った。




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