novel
□刻印
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「ヅラぁ〜っ」
嬉しそうな声を上げて、神楽が目の前の長い髪の男の背中に勢いよく抱き着く。
「わっ、リーダー!」
桂は驚きつつも、手を掴んでしっかりと神楽を支える。
神楽が桂におんぶされるような形で落ち着いた。
「リーダー、ヅラではないぞ。桂だっ」
「何でもいいアル〜。ヅラはヅラアルよ!」
桂におんぶされ、とても嬉しそうな神楽。
桂もあだ名に対しては不服そうだったが、どこか優しく楽しそうな表情をしている。
「だーっ、もー、暑苦しいんだよ、てめぇら!さっきからさァ。神楽お前なにおっさんにベタベタしてるわけ!?」
「糖分」という二文字が掲げられた下の椅子をキーッと回し、銀時が居間の方を向いて叫ぶ。
「ヅラじゃない、桂だ。」
「うるっせぇよ!!!」
「大丈夫アルよ、ヅラは銀ちゃんみたいにおっさん臭いニオイしないネ!」
「あぁ?俺だって臭くなんかねぇよッッ!いーからさっさと離れろよ、てめぇらっ!!」
何故かいつも以上に不機嫌な銀時。
そんな銀時に新八は生暖かい眼を向ける。
「銀さーん…。見苦しいですよ?神楽ちゃんがうらやましいからって、カリカリしないでくださいよ」
「ッ!…何言ってんの?何で俺が神楽に妬かなきゃなんねーわけ?」
とは言え、明らかに動揺している銀時の声。
「うらやましいダロー!銀ちゃんっ。ダメアルよ、ココは私の特等席アル!」
ぎゅーっ、と桂の背中にしがみつく神楽に、銀時の顔は引き攣った。
「べっ別にぃ?うらやましいとか、銀さん意味わかんないわぁ」
銀時は椅子を再びキーッと反転させて、皆に背中を向けた。
(あーあ…。ちっちゃいからさぁ特に違和感ないんだよね。抱き着き放題だよねぇっ。くっそー俺だってああしたいのにぃ!ぎゅーってしたいのにぃぃっ!ちくしょー、いいなぁ、ホントうらやましいわぁ神楽のポジション…。
「へ?銀さん何か言いました?」
「は?いやいや、べべ別に?」
心の中で密かに考えていたつもりだったのに、いつの間にか小さく声に出してしまっていたらしい。
「んーっ、ヅラは何だかイイ匂いするアルな!」
桂の衿元に鼻を押し付け、神楽が嬉しそうに言う。
「…こっ、こら、リーダー。くすぐったいぞ…」
あああ、良いなぁ。俺も嗅ぎてェ!!!
銀時がひとり悶々と限りなくおっさんな思考を巡らせていると。
「…あれっ?ヅラぁ…」
ふいに神楽が、桂の髪の隙間から見える白い首筋を見つめながらぽそりと呟いた。
「なんだ?リーダー…」
「首に、なんか虫刺されみたいな跡があるアルよ?」
「!ッ……!!」
途端に、桂の顔から笑みが消え、代わりにその頬がみるみる紅く色づき始める。
桂は素早く首筋を手で隠し、眼を泳がせながらしどろもどろに言葉を紡ぐ。
「……こ、これは、…その…」
「桂さん?」
明らかに様子がおかしくなった桂を、神楽と新八は不思議そうに見つめる。
「…そういえば、この間…蚊に刺されてな!」
つとめて明るい声で、桂は言った。
「蚊って、そんなところ刺すアルか?」
純粋な神楽の疑問。
「…そ、そうだ。物好きな蚊も、いるようでな」
「フーン?そうアルか」
とりあえず神楽と新八は、本当に虫刺されだと信じているようだ。
しかし、事のすべてを黙って聞いていた銀時には、その「虫刺されみたいな跡」が何なのか、すぐにわかってしまった。
(…あー…、神楽よりもずっと、うらやましいポジションの奴…いたわ。
何やらムシャクシャしてきたので、銀時は甘い物を求めて冷蔵庫へふらりと向かった。
どうせ、いちご牛乳の余りくらいしか無いんだろうけど。