捧げ物

□月夜恋歌
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「来ないか。」

鬼嫁なんて高価な酒を片手に俺を誘うって事は何かあるんだとわかった。
それでも俺は断る術を知らなくて。






月夜恋歌






屯所の中は静まり返っていた。
時間も時間だから、無理も無いか。丑三つ時っつー奴なのだから。

足早に軋む廊下を進めば土方の部屋はすぐ側で、襖を開けると煙草の臭いが鼻腔を擽った。
久々に嗅いだこの匂いは、変わらない。
俺の心中で絡み合っていた糸がほつれていく様に感じた。

畳に足を掛ければ、やっぱり軋む音がして。
土方が息を飲んだのはわかったが、無視しておく。

ゆっくりと中に進んでいく土方の身体は、小さかった。

中に入って足を止めた土方は、間もなく漆黒の髪を震わせる。

抱きしめたら壊れてしまいそうな身体。

その身体を舐める様に見ていると、土方がこちらに振り向いた。

俺と土方の視線が絡み合って。





「京に……行く。」




告げられた言葉。

悲しくなかったと言えば嘘になる。

でもそれよりも、振り向いた土方の顔の表情から痛みが伝わって来て、引き止める事なんて出来やしない。

「………酒、呑もうぜ。そっちの方が話しやすくなるだろ?」

震える肩をするりと撫でた。

誰よりも土方が一番辛いのも分かっているはずなのに。
……自分が上手く笑えていない事も分かっているはずなのに。

それを酒で紛らわしいだけ。

静かに差し出された手を掴めば、離せなくなるのはわかっていたから触れなかった。






縁側で二人酒を注ぎ合う。
一口口に含んでも、なぜか苦くしか感じなかった。
土方はいつもより随分とペースが早く、それなのに中々酔えない様だ。

このまま何も無かったことに、出来ないだろうか。

それじゃあ駄目だ、という警報が聞こえた。

土方は俺の肩に頭を預ける。



朧夜。まさに今日。
満月は天高く昇っているが、ぼんやり妖しく光っていた。
満月のくせにか弱い光で、雲の間を見え隠れしている。

さわさわと庭の木の葉が擦れ合い、それしか聞こえない。

光源はあの小さな月だけで。




………別宴の夜って、こんな風なのだろうか。

安倍仲麿とかいうオッさんの送別の宴の日は、朧夜だったと先生から聞いた気がする。

このまま時が止まってくれれば。
そんな都合の良い事を考えて苦笑した。

俺は、土方が話してくれるのを待った。



「………向こうで戦がある。」

大きな大きな戦、と土方は遠くへ呟く。

「もしかしたら、命だって……。」

そこまで言われなくても、空気から伝わってきた。

それでもお前は行くんだろ?





「いいんじゃねェの?」

びくんと土方が肩を揺らす。

「てめェの護るモンは真選組だろ?………俺は此処に残って、俺の護るモンでも護ってらァ。だから……………頑張れよ。」

四分一、嘘。
四分一、ホント。

二分一、ヤケ。

引き止めたって意味が無いなら、哀しさが小さくなるように突き放す。

それを土方は感じとった様だった。変な所に感づくの、早いって。

フルフルと身体を震わし、涙を流しそうになる土方を優しく抱きしめた。

「ひじ……か…た……。」

ヤベ、俺も鼻声じゃねェか。てめェのせいだからな。馬鹿野郎。
口では言えない俺の気持ちを、少しでも感じ取ってはくれないか?

ぎゅう、と、強く抱きしめて土方の肩口に顔を押し付けた。

「ょ…ろ…ず……や。」

上から降ってくる声に艶が入っているのは気のせいか。…するりと俺の肩を撫であげた所で、気のせいじゃ無いだろう。

「ぎん…と…き……。」

初めて口に出してくれた俺の名前。

なんでこんな時に……離せなくなるじゃねェか。ったく。

それでも腕の中に居る可愛い君で。

「とおし…ろう………。」

初めて呼ぶ名前。
ぎゅう、と心が縮む気がした。

「ぎ…んとき…、はや…く…。」

夢中で俺の唇に吸い付く君は月が沈むのを怖がっている。

それは、俺も一緒。



だから。





月が沈むまではせめて繋がって居ようか。











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