小説

□あのね、
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生徒と教師。
所詮無理なのかもしれねェ。

夏休み中だからってそう簡単に会える訳では無い、という現実に落胆していた俺。

だからこそ、嬉しかった。

先生が誘ってくれたから。












予想通りの混雑の中、先生と一緒に中心部を目指す。
何度も見失いそうになりながら、必死で付いていく。


人混みは嫌いだ。

霞み掛かって見えなくなってしまいそうだから。

今でも何を考えているのか分からない先生の、姿さえ、自分の目では確かめられなくなりそうで、怖かった。


「もう、高校最後の夏休みだな。」


くしゃっと頭を撫でられる。


「あぁ…」


そう、高校最後の夏。

先生は最後、だとか、終わり、だとかそんな言葉ばかり使う。

終わりがあるのは分かっているけど。

それでも、悲しい事。




「土方、こっち。」


白い手が俺に向かって差し出された。

途端、顔が熱くなるのが分かる。

伴って、先生の口角がニヤリと上がる。

薄暗くなった辺りと先生の肌の白さが対照的で、揺れ動く陽炎の様だ。

だからこそ。
差し出された手を受け取れば消えてしまう気がした。






それでも手を取ってしまう俺は、子供で。

赤くなった顔を伏せて手をそっと取れば、ぎゅっと握り締められた。嬉しい。








息をするのすら億劫になる様な圧迫感。


「混んでるなァ」

「ん……」


中心部は身動きが取れない具合で、暑苦しかった。


先生と繋いでる手が解けそうになるのを、必死で阻止する。


「もうちょっと中に行くぜ」


ぐいと人混みへと引かれた腕。
先生の手が汗ばんで俺の掌に吸い付く。

先生の手は低体温のはずなのに、その手が熱い。…なんか気持ちいい。


身体はどんどんと人混みの中に引っ張られて行った。




つづく
 

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