小説

□微熱
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最悪だ。

土方は思った。

いつもなら、そんな時煙草を吸って山崎をこき使う。

しかしそれを今日は出来ない。




声が、出せないのだ。

口を動かし息を吐いても、ヒュと喉が鳴るか、咳となって口から出ていくだけ。


風邪を引いた土方の心中は憂鬱で、溜息をついたら口から出る時に咳へと変わった。




土方は風邪を滅多に引かない。
年に一回あるか、無いか程だ。
少し前に巷を騒がせたインフルエンザもかからなかった。
身体が丈夫なのだろう。
寝不足でも大声を張り上げて目を光らせられる程身体は丈夫で、やはり鬼の副長らしい。
ただ、そのせいか一度の風邪が重い。
40度程の高熱、激しい発汗、声が出ない、食欲が無くなる…etc。


風邪で寝込む度に、土方は憂鬱だった。



しかし、今回は良いこともあった。

今日は………まぁ、苛立ちに拍車を掛けるようなイベントがあった。
それが中止になったのだ。
といっても延期になっただけだが、中止になる可能性も高い。
これからの季節は暑さと比例する様にテロリスト達の熱さもヒートアップする。
うまくいけばそれを理由にイベントを中止できるのでは…?

そう考えると、重かった土方の気持ちも少しだけ軽くなった。

今日くらい息抜きするか、なんて。


フッ、と笑おうとしたのに口から出たのは咳で、土方は苦い顔をした。





「副長、失礼します」

山崎の声が扉を開けた。

本当は、何も言っていないのに勝手に入るな、と言いたかったがそれも無理な話。

声が出ないとはなんと不便だろう。

「だいぶ熱がありますね…汗も掻いてますよ。今日も休んでいた方がいいですね。」

それぐらい、わかってる。

「本当にですよ〜?今日は残念ですね。副長の誕生日なのに。」

………誕生日。

そうだ、今日は土方の誕生日だ。
5月5日、子供の日になんて、産むな。
子供の日なんていう忌ま忌ましい日があるから、俺はずっとからかわれたのだ。暗いhistory。

まず、誕生を祝うというモノは必要が無い。
現に今生きていることが重要であって、前の事なんてなんだというんだ。


……と論理づけたが、土方が誕生日を嫌う本当の理由というのは、祝い事になるからであった。

屯所全体が浮足立ち、派手に祝う。
土方は派手に祝われるのが苦手だったし(喧騒もあまり好きではない)、士道不覚悟だと思っていた。

また、誕生日会というモノは真選組の中ではただの飲み会になっていたため、酒に弱い土方にとっては修羅場にしかならない。


「薬、置いておきますから。安静にしていて下さいね。」

山崎がパタンとドアを閉めた。



つまらないな。
……誰かに会いたい。





頭に浮かんだのはあの銀髪。あんな奴なんか、と掻き消すように頭を振ったが、寧ろこびりつく様に残った。


心の中で散々悪態づいて、それでも消えない銀色、その存在を土方の頭は認めていて。

土方はチッと舌打ちをしてから、ただ時間が過ぎるのを待つことにした。





どのぐらい時間は経ったのだろう。

喉が乾いて仕方がない。
硝子のコップに手を取ろうとしたが、倒してしまった。


部屋にはハッハッと荒い自分の息の音が響く。ゲホゲホと咳き込むと吐き気がし、それをぐっと抑える始末。

熱があがったようだった。

蒸し暑くて、布団を剥ごうとしたが、身体が動かず何も出来ない。

その間にも視界はぐらつき波紋を描いているというのに。
視界が霜の架かった様に霞んでいて、今見ているのは壁なのか床なのか天井なのか……それすらわからない。
だんだん感覚が融けていく。

はっきりしない頭では、こんなとき何をすればいいか分からず仕舞い。
考える、という事をこれ程苦痛に思ったのは初めてだ。きっと。
目を開けているのが億劫だった。

ヤバい……もう、目を閉じちまう………。

抵抗も虚しく重い瞼を閉じると、角膜が白く爆発した。
眼窩が銀色に染められたのだと思った。

熱に浮されていても、やっぱりあいつの事を考えてしまう俺は馬鹿だ。

…それならばと馬鹿に成り切って、銀時、と呟いてから、土方は意識を手放した。
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