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□据え膳食わぬは何とやら
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ちゃぷ、と透き通ったお湯が軽くはねて顔にかかる。
キャラバンで寝泊りをする際は近くの銭湯などで疲れを癒すのが常なのだが、日ごろの疲れを労ってか、たまにこうして広いお風呂のある旅館に泊まれたりもする。
(それにしても…静かだなぁ)
どーんと大きな露天に肩までつかりながら、湯気の立ち込める回りを見回したけれど誰も居ない。
それもその筈、と俺は湯の中で伸ばした自分の身体を見詰めて溜め息をついた。

「…少し、しみるかも」

人差し指でそっとわき腹をつついてみれば、ぴりりと背筋を走った鈍痛に思わずぎゅっと目を瞑る。
よく見れば腕にも足にも、身体のいたるところにうっすらと浮き上がった痣や擦り傷の数々は自分からしても痛々しいほどで。
(こんな身体で皆さんと一緒にお風呂なんて入れるわけないよ…)
昔から頑張りすぎるほどに頑張ってしまうから、生傷の耐えない子供だったと母親にはよく言われていたけれど。
(まさか…ここまで青痣だらけだなんて母さんには言えないな)
少々過保護が過ぎる俺の母はどこまでも心配するだろうから、電話でも、心配ないよといつも笑って答えていた。
傷自体はもう随分と良くなっているような気もするし、故意に触ったりしなければ痛む事もない。
(まぁこれも、頑張ってる証って事だし、な!)
暖まったしそろそろ湯船から上がろうかと思案していたら、脱衣所の扉がガラリと開き、広い浴室に聞きなれた声が響く。

「お! 居た居た!」
「あれ、綱海さんも…お風呂、ですか?」
「うんにゃ、違う違う。お前にちょっくら用があって探してたんだよ」

コレさあ!と、片手をあげて見せた綱海さんの手には救急箱が握られていて、中には包帯やガーゼの類が入っているようだった。

「どうせ手当てもそこそこなんだろ? 風呂上がったら手当てしてやっから、逃げんなよ」

カラカラと笑いながら脱衣所の中に引っ込んでいった綱海さんを見送りながら、相変わらず元気だなぁと、ふにゃりと顔を緩ませる。
円堂さんをはじめ、他の皆にはなるべく見せないよう努力しているこの傷も、思えば一番最初に見破られたのは彼だったかと思い出す。


『おーい、立向居、背中向けてみー?』
『背中…? 良いですけど…、こうですか』

『せえ、のっ!!』

『わあああああああ!!!!』


(…あの時はいきなりユニフォームめくられて…ハハ、背中にばっちり残ってた青痣全部見られちゃったもんなあ…)
けれど彼は、ソレを気持ち悪がったりもせずに。

『…やっぱなー…こうなってると思ったんだよ。なぁ、痛くねえか?』
『うぇ…っ…は、はい。少し痛いくらいでそんなには気にならないです…』

『そっか。こんなになるまで、よく頑張ったな!』

そう言って、笑って撫でてくれたっけ。
(本当に良い先輩に恵まれた)
喜ばしい事だと思いながら、俺は脱衣所へと続く扉をそっと開いた。



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「あ、少し寒ぃかもしんねーけど、どうせ足やら腹にも傷あンだろ? 服は着ないままで良いぜ」

脱衣所に備え付けられていた長椅子を叩きながら、座るように促される。
腰にタオルを巻いたままでは流石に寒いかと思ったので、持ってきていたバスタオルを肩からひっかけて綱海さんの前へと座った。

「いつもすみません…」
「なぁに、良いってことよ」

長椅子に座った俺の前に跪き、救急箱から消毒液やガーゼをてきぱきと用意する様を見守る。
綱海さんは、あれから定期的にタイミングを見つけては、こうして手当てをしてくれた。
(…どうしてこんなにも、良くしてくれるんだろう…)
やっぱり綱海さんも地元の中学の後輩が恋しくて、俺を誰かと重ねていたりするんだろうか。
そう思ったら少し胸が痛んだような気がしたけれど、よくわからなくて首をかしげた。

「痛かったら遠慮なく言えよ?」
「はいっ」
「まずは消毒…っと、」

投げ出した膝小僧から、太股、そしてわき腹と、消毒用アルコールが滲み込んだ脱脂綿が肌を撫でる。
我慢出来ない程の痛さは無く、湯上りで火照った身体を撫でてゆくひんやりとした感触に、俺はビクリと肩を震わせた。
(冷た…)
いつもは練習後だったり、寝る前だったりで、そういえばお風呂上りに手当てをされたのは今回が初めてだった。
(タオルだけで良いって綱海さんは言ったけど…)
男同士であれ、これだけ近距離で裸を見られると言うのは親しい仲にしろ少々気恥ずかしい物がある。
変な方向に考えてしまう俺が悪いのだろうが、綱海さんの真剣そうな顔を見ていたら、変な事を考えた自分がまた恥ずかしくなって目を閉じた。

「あっ、わりぃ、もしかして痛かったか」
「…いえっ、違うんです。大丈夫だから続けてください…!」

ぎゅっと目を瞑った俺が痛みに耐えたのかと勘違いした綱海さんが手を止めたけれど、心配そうに見詰めたその瞳を気遣うように笑ってみせる。
(いけないいけない…手当てに集中しなくっちゃ)
だがしかし、邪な考えと言うものは意識しないように意識するほど鮮明になるものだったりして。

(…ッ、)

下腹部に沈殿するような熱が、腰に巻いたタオルを軽く押し上げるのも時間のうちか。
決していやらしい事をされているわけではないのに、と、生理現象には逆らえず硬く歯を噛み締める。
(気付かないで、頼むから…っ)
元々湯上りで火照っていた頬は、先ほどと比べて多少赤みが増したくらいだろう。
まだ、今なら。気付かれていない今ならば。
今日は消毒だけで十分ですとそそくさとその場を離れる事が出来るかもしれない。

――そう、思ったのに。




「…、っ…あ…!」


偶然か、意図的か。
冷たい脱脂綿が僅かに胸の突起をかすめ、下半身に溜まる熱にばかり気をとられていた俺は、予期せぬ刺激に思わず声を漏らしてしまう。

「……たちむか、い…?」

びっくりした様子の綱海さんが、ゆるりと俺の名前を呼び、俺はと言えば赤く充血し始めた胸の突起を隠す事も出来ず、ただ羞恥に顔を赤く染めたまま僅かに視線を反らした。
(最低だ…こんなの…っ)
腰のタオルを握る手が汗ばみ、吐く息も浅く熱を含んで。
恥ずかしさから潤んだ瞳が、綱海さんに見られていると思ったら、涙でより一層視界が歪んだ。


「つ、綱海さん……ご…めんなさ…、ぅ……あ、ッ!」


ふるふると勃ち上がってしまったモノに自分でそっと手を伸ばし、どうにか抑え込むように握り締める。
目の前で起こっている事を理解しかねているらしい綱海さんの喉が、ゴクリと唾を嚥下する音を、




――――羞恥に白む、意識の遠くで聞いた気がした。







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なな様より5万ヒットのフリリクで頂きました。
綱立裏です!
こんな終わり方もしっとりとしていて良いですvv
そして、何気に気になるっ!

ありがとうございました。




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