book11


□その腕の中
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『その表情』の続き。


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騒がしい空間の中で自分の足音が

異様に大きく聞こえた気がした。

急いで教室に向かった。
きっと今、酷い表情をしてる。
恥ずかしいような悲しいような…
そんな感じの表情。

只の気まぐれで聞いた事だった。
それに対しての反応は予想の範囲だったと…思う。
少しだけ意外な事実も分かったけど。
そんな事知りもしなかった。
知りたくもなかったけどな。
声を掛けられるのは事実であんな事聞かれるもの本当で
それに対して『好きな奴はいる』と答えることは多い。
けど…正直、周りでそんな声あげられても自分にとっては迷惑で
だから、そう言っている。

ただ、それは半分くらい本当だったする、けど
それを公にするのも誰かに知られるのも、自分自身が嫌で仕方ない。
この気持ちを伝えていいかも分からないのに知られたくはない。
だから、『居る』と言われた瞬間言葉を失った。
それを知った後で自分はどうしたらいいんだ?
誰を想ってるかは知らないけど、アイツの事だから
どっかの可愛い子なんだろうなって
それか幼馴染の子かな?とぐるぐる頭の中で色々と回って
タイミング良く鳴った予鈴を利用して逃げ出した。


早く早くさっきの事を忘れないと…。


急いで教室に走った。


教室について席についてバクバクなってる鼓動を落ち着かせてから
次の授業の準備をした。

「アツヤ」
「っー!!!」

低い声がいきなり耳元で聞こえて吃驚した。
反射的に振り向けば、そこにいたのはアイツの腐れ縁。涼野風介。
俺の反応を楽しむように口許は笑ってて腕を組んで相変わらず偉そうな態度。
不意に手が伸びてきて頬を触った、それにびくっと体が反応したけど
拒絶するくらい嫌なものではないからそのまま頬に触れさせて…
髪を軽く引っ張るように触られたと思ったら顔が近づくのが分かった。
何だ?と頭の中が混乱する俺を余所にだんだん近づいてくる顔
何をされるのか分からなくなって怖くなって
目をこれでもかと思うくらい瞑って意味もなく身構えてた自分が居る。

数秒後、こつんと…額…に触れた。

暫く触れて離れて目を開けば少しだけ心配そうな表情の風介が目に映った。
こいつでもこんな表情すんだな…なんて思ってたら、軽く額にキスをされ
思考が固まった。

「顔が赤かったから…熱でもあるのかと思ったが、そうでもないようだな」
「だからって、キスすんな…」
「温度を測っただけだ、それともアイツじゃなくて不満か?」
「なっ!!!ちげーよ馬鹿っ!!お前は茂人ん所いっとけっ!!!」
「まったく、まぁ…そう言う所は嫌いじゃないけどな」

変な事を去り際に言い残して微笑みながら自分の席の方へといった。
それはそうと、温度を測るためとはいえ額にキスをされるのは…恥ずかしいな。
風介だったから良かったものの…少しだけドキドキしてるのはスルーだ…
でも、きっとこれが違う相手だったら…目すら見れなくなる気がしてきた。
考えただけでも頬が熱くなるのが分かる。

(…ぁー…馬鹿みてぇ)

また少し泣きそうになる。こんな事やってる場合じゃないんだけど。
帰りとか明日とか…まともに顔合わせられないような気がしてきて
机に頭を突っ伏した。
その数分後に授業が始まった。
勿論、という訳じゃないけど内容は対して頭の中には入ってこない。
考えるのは昼の事とこれからどうしたら良いかとか自分はどうした…とか
そんな事ばかりで…気が付いたら授業は終わってた。ノートを見れば白紙の状態。
あとで風介にでも見せてもらおうと頭の片隅の方で思ってノートを閉じた。
それから淡々と放課後まで時間が流れてく。
頭の中は昼の事ばかりで授業の内容なんかこれっぽっちも入ってない。
あの後、どうしたかな?変な風に思われなかったかな?
そう考えた後に最後には『居る』と言ったその言葉が繰り返されるだけ…
こんなにも自分が女々しいとは思わなかった。
この後、何も無かったかのように、いつもの様に一緒に帰るなんて
そんなこと出来る筈も無く教室を出て早々と下駄箱へと向かった…
正直、今は会いたくない。出来れば家に着くまで会いたくない。
って思ったのに…

「よ!」
「……何でいるんだよ…」


下駄箱寸前で“待ってました”って表情をした晴矢が目の前にいた。
少しだけ、ほんの少しだけ安心した自分が居たけどやっぱり不安で仕方ない
あの時、こいつは何も思わなかっただろうか
あんな事聞いといて避けるように逃げ出して…
其れならそれで俺はありがたいけど。

「何でって、酷っ!待ってたんですけど?」
「……風介の間違いじゃないのか?それとも茂人?熱波?」
「ちげぇーよ、ばーか…お前待ってたの!」

少しだけ不貞腐れたような感じで答える晴矢に正直安心した。
変に思われなかったのならそれに越したことはない
気にしないでこのまま普段通りにしてればいいじゃないか
自分のこの想いは…今は仕舞っておこう。この関係を壊したくはない。

「はいはい」

そうやって軽くあしらえば普段と変わらない笑顔を向けてくる。
そのまま下駄箱へと向かって校庭へと向かおうとしたけど直ぐに後ろ居るはずなのに
晴矢は来ない。不審に思って後ろを見れば何だか考えてるようで眉間にしわが寄ってる。
正直、そんな考えてる顔なんて見たことないから平気か?と思ったのと同時に…引いた。
こいつが眉間にしわ寄せて考えてるなんて明日は天気悪くなるな…とか考えながら
声を掛ければビックリしたように慌てながらこっちに向かってきた。

「大丈夫か?…考え事なんかしやがって」
「大丈夫って…それ酷くね?いいだろー俺だってたまには考えるんですー」
「へー…明日雨だな…うん。帰ったら兄貴に言っとかないと」
「だからぁ!!!」
「じゃあ何考えてたんだよ、どーせくだらねぇー事だろー」

呆れるようにバカにするような感じで答えた所で晴矢からの反論が止まった。
図星か?と勝手に判断してさっさと足を進めた…けど不意に腕を掴まれて
ビックリして振り向けば何時になく真剣な晴矢の表情が目に入ったものだから
身体が固まった。
何か変なこと言ったか?普段だったら変なこと言って返して来る筈なのに
自分の中での予想と違うことが起きて頭は混乱してる。
しかも、掴まれた腕は少しだけ痛い。

「晴…矢…腕、痛い」
「わりっ……いや、昼の事考えてた…から…」

少しだけ胸が痛んだ気がした。気がしただけだ。
何で、こいつがそんな事考えてるとか分からないけど
此処に居たくないってのが自分の中で膨れ上がっていく…
早く話を変えなくちゃと必死に話題を考えるけど、こんな時に限って何も出てこない。
むしろ、自分が動揺して何を話したらいいのか分からなくなる。
お願いだからこれ以上何も言わないでと心の何処かで願ってた…。

「お前の…」

そう願っていたのにあっさりとこいつは崩しやがった。
次に出てくるであろう言葉を言う前に晴矢の口を手で塞いでやった…
これ以上、何も話すなよ。
その話を出したら、きっと自分はお前に聞きたくて仕方なくなるから
頼むから…。そんな想いで必死だった。
塞がれた晴矢はビックリして手を離そうとしてた、その度に手に力を入れて
自分の事でいっぱいいっぱいで、手の甲を引っ掻かれてやっと
晴矢が苦しそうな表情をしてるのに気づいた。
手を離せば、ゲホゲホと咳き込んでその場に座り込んで、何かを言ってるのに
答えることができない。
きっと、“何だよいきなり”とか“ふざけんな”とか嫌味や罵声なんだろうなとは
思ったけど、今の自分には晴矢の背をさすりながらごめんと何度も謝るしかなかった
気が付けば頬を涙が伝ってた…。

「…アツヤ…?お前…」
「っー!!!なんでも、ねぇ……それと、悪かった、俺、帰るからっ」

乱暴に拭ってそのまま逃げるようにして駆け出した。
後ろで叫んでる晴矢の声が聞こえた気がしたけど、聞きたく無くて
振り向きもしないで走った。

必死に走った。
頬に何かが伝ったけど気にすることなく走って、でも…頭の中には
さっきの事ばっかりで、頭の中はすっきりしないし、それと比例するように
目元が熱くなった。
きっと、誰かに何かを言われたら…きっと崩壊すると思う。
我慢できなくなる気がする。
はやく家に帰らなくちゃっ!
と、思った瞬間に、どんっと体に衝撃が走った。
前をろくに見ないで走ったせいか…誰かに当たった。

「いったぁ〜」
「っー!!!すまないっ!大丈夫か?」
「…源…田……?」

小さく声を零せば少し苦笑いをして手を差し伸べてきた…
その手を取って立ち上がってもう一度大丈夫か?と聞かれたと思ったら。
頭を撫でられてどうかしたのか?なんて声を掛けてくるから
今まで我慢してきたものが一気に零れ始めた。
いきなりの事でびっくりしたんだか源田は慌てふためいて
子供でもあやすように顔を覗き込んでくる、最終的には抱きしめられて
背中をぽんぽんと優しく叩かれて、恥ずかし事に…それで落ち着いてる自分が居た。





涙はまだ完全には止まらないけど。





その腕の中に暫く埋もれていた…。










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