book11


□その表情
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暑い…
今はそれしか出てこない。

授業が区切りをつけてやってきた昼休み。
何時ものように屋上に来てみたけど…
やっぱり、暑い。
教室よりは涼しいか…と自分の中で呟いて空を仰いだ。
相変わらずの晴天で空には雲は浮かんでない。
周りじゃ蝉が忙しなく今の季節を象徴するように鳴いている。
うるさい…とも思うけど切ないな…なんてのも思いながら
腹を満たしてのんびりと校庭に目を向けた。
そこにはただ広々と地面が広がるだけだ。
あと少ししたら誰か出てくるだろうか?
そのうちに騒がしくなるんだろうな、とか思いつつ溜息をついた。
暑くてやる気もない。
このまま時間が過ぎて、また授業が始まって終われば家に戻る…
その前に買い物だな…。
それだけの毎日の中でちょっとした悩みが出てきた。
出てきたというか…前からあったもんだ。
しかも結構長い間。
それが、解決出来たらどんだけ楽なんだろうと思うけど
解決するのが怖いのも正直なところだ。

(………恋愛……って言っていいのかこれは…?)

その二文字もしくは四文字で片づけるのにはどうかと思う。
想う奴が同性だったら…そう呼べるのだろうか?
否、呼べるとは思うけど…こういう言い方は良くないけど
一緒にしていいのか?
確かに、形がどうであれ別物にはならないけど。
何か一緒にするのは失礼な気がしてきた。
多分それは自分自身の問題なんだ…と思う。
そこまで、脳内でぐるぐる回って二回目の溜息をついた。
この気持ちを言いたい心と止めようとする理性。
それと返事を聞きたいけど…聞くのが怖い自分がいる。
はぁ…と再び溜息をついて後ろのフェンスへと身体を委ね
ガシャンと音がした瞬間に聞こえてきたのは…
屋上の扉が開く音だ。

「お!晴矢みぃーっけ!」

響き渡った声に身体がビクついたのが分かった。
そのあからさまな反応に気づく事無く近付いてくる人影。
適当に返事を返して、話をして自然に隣に座りこんだのは吹雪アツヤ。
購買で買ってきたであろう昼飯を広げて頬張り始めた。
いつも一緒である兄が来る気配がない。
当の本人も特に何も言わないまま会話を勝手に進める。
正直な所…自分が色々とやばい…。
こいつの事が嫌いなわけじゃない
むしろ逆だ……大いに逆だ!
それを果たして口に出していいのか?変に思われたりしないか?
そんな事ばかり…
きっとヒロトやら風介に言えば最悪な答えが返って来るだろうな。
それを想像したら少しだけ…自分が可哀そうに思えてきた…。
不意に引っ張られる感じがしてみればアツヤが服の裾を引っ張ってた…。

(あぁ!もう可愛いなてめぇーは!!!!)

と言う心の叫びを抑えつつ何も無かったような表情で何だよ?と返すと
ジュースを飲んでたのかストローから口を離して紡がれた言葉に
思わず聞き返すことになった。

「晴矢って…モテんの?」
「は?」

そんな事言われるなんて思いもよらなかったから固まった。
どうなんだ?なんて急かすように聞いてくるアツヤを余所に
必死に何でこんな事を聞かれてるのかを考えてる自分が居る。
考えたって答えは目の前の人物にしか分からないんだけどな…
暫くして思いっきり頭を叩かれたと同時に現実に戻された。
目の前には怒ってアツヤの顔。
それを見て言葉に詰まった。
なんて返せばいいんだ?と言うかどんな反応すればいいんだ?
普通に出来ないほどに動揺している。
そんな事自分に聞かれる!と思うよりもなんでそんな事聞くんだよ!?
ってのが脳内の大半を占めてる。

「んな事知るか!てか…俺からしたらお前の…お前らの方がモテんじゃね?」
「………大半は兄貴だと思うけど?」
「お前もそれなりにだと思うけどな」

そうだ。
こっちから言わせてみれば、こいつもそれなりにモテるんだ。
兄貴と一緒にいるのが多くて気が付かないだけなんだろうな?
見かける度に女子からはカッコイイとか爽やかとかなんとか
呟く女子の甘ったるい声を聞いたことがある。
それに対して呆れつつも、モヤモヤしながら聞いている…
思えば…それは軽い嫉妬なんだろうな。
しかも、男女問わずこいつは仲のいい奴がいるから
正直
この自然に隣に座ってくれるような関係は特別とも何とも思わないことが多い。
今日は偶然二人でいるだけであって、いつもは数人で食べることが多いからな。
余計にその事が嫌で仕方ないけど……

「そっか〜?まぁ、たまに声掛けられるけど?」
「何て?」
「大体…好きな子っているの?とか好きなタイプは?とか、かな?」
「っ!!!ま、まぁ…普通だよな…んで?…答えてたりする訳?」
「タイプってのは特にないけど…好きな子は…いるって…」

一瞬、季節が逆転した気がした。
こいつ…今、何て言った?聞き間違いじゃなかったら
好きな奴いるって言ったよな?
俺…言う前に折れた?立ってもねぇーけど。

少しだけ俯き加減に、多分照れてるであろう表情は此処からは見えなかった。
どんな表情でそんな事口に出したんだろうな。
横にいる俺の気持ちなんて知らない事は分かってる。
自分だけこの空間から離された…気がしたんだ。
ふと、隣から小さく声が聞こえた。
まだ、俯いたままではあるけれど、また裾を引っ張って少しだけこっちに
視線を合わせて唇から紡がれた言葉に動揺した…

「晴矢は?…その、居たりすんのか?」

何をなんて愚問だろうな。
さっきの話からして聞きたいことは一つだ。
此処で自分が誰とかなんて言えた立場じゃないし言う勇気なんてこれっぽっちも無い。
聞きたいのは…いるかいないか…それだけなら…
名前なんて言わなくたっていいだろう?
例え、勘違いされたとしてもそのまま真実を言えばいいか…。
少し罪悪感が込みあげてくるけど…。

「あぁ…いるぜ?」

聞いてどんな顔してんのかな?
納得したような顔でもしてんのか?
そっかと呟いて顔を上げたのを見て、そんな考えをして後悔した。
素直に言えばよかったと心底思った。
否定される可能性があったとしても言ったほうが良いと思った
けど、そんな事言える筈も無くただ、その表情を見てるだけだった…

暫くして予鈴が響き渡った。

何も無かったフリをして先に降りて行ったアツヤを見送って
俺はそのまま屋上から動けないでいた。
頭に残るはあの表情だけだった…。

(…なんで…あんな顔すんだよ…っ)

辛そうに笑いながら、目元に見えたのは
紛れもなく…涙だった…。



雲がない空を見て溜息をついた。




相変わらず…暑い。















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