book11


□愛しさ
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海岸沿いをゆっくりと歩いた。


あの人の香りとはまた違った香りが
身体を包み込んだ。


少し歩いた先で浜辺に下りる。
まだ少し冬風と春風が絡み合って寒く感じる…。
波打ち際まで来て座り込んで波を見つめた。



(…逢いたいなんて…言ったらまずいかな?)



そんな事思っても…彼に心中を伝える術は
今の自分には無い。
携帯なんて…持っていれば便利だと思うけど…
それは、後一年位お預け…かな。
だから、こんなにも想っていたって
声を聞くことも、顔を見ることも、話すことも
ましてや…逢いたくて仕方ないと伝える事も
今の自分には出来ないこと。

(あの時…何か言っておけば良かった…)

二年前に…帰る少し前に、二人して抜け出したことがあった。
彼曰…デート……それを否定する気は更々無い。
でも
堂々と言える彼が少し羨ましいのは事実。
抜け出した…と言うのが相応しいかどうかはしらないけど…
花火大会だったっけ?
最初はみんなで行ったんだけど
花火が始まった辺りかな?手を引かれて
みんなから離れて別行動になって…
少し離れた所から、ふたりして見てたっけ…。



そのあと…





(まぁ…色々と…)





戻って来て…良かったのと切ないのと半分半分だったけれど
半年を過ぎてから何時もの様にもやもやと
何かが溢れでてきて…多分これが何かなのも、原因だって明白だから…
何かを代わりにして埋めることも出来ないし。
埋めさせない。

それにしても…此処に来る度に思うのは同じ事。
『海は広いなぁー…』とか
『この距離は長いな…』なんて
沿う考えるたびに切なくて寂しくて…微かながら声が聞こえてきそうで…。




「勇気ぃぃー!!」




ん?

幻聴?

声が聞こえそうだなんて思ったから
少し聞こえたのか…な?
と…後ろを振り返ると明らかに、こっちに向かって走ってくる人影…。
誰かと見間違えるわけもなく……。
思わず立ち上がって少しながら歩き始めると、それよりも先に彼の腕の中に包まれていた。
包まれた瞬間にびっくりしたのもあるけれど…それよりも…
ふわりと風に運ばれた香りは彼のものだった。


「ぇ?…なんで……ですか…?」
「なんでって…そりゃあー逢いたかったから」


相変わらずの笑顔で普通に簡単に言って見せる彼は…
やっぱり、羨ましかった。
それに対して自分は何が起きたのか
分からないくらいパニック状態で…。
どんな顔しているんだろうと…
多分きっと変な表情をしているんだろうな。
それを心配してか“勇気?”と困った表情と声で問いかけて来た。
それにはっとして、うろたえた様な声をあげると
くつくつと笑いながら頭を撫でられた。

「あぁ〜相変わらず可愛いーなぁーv」
「ちょ!……だから…なんで?」

「さっきの答えに不満か?」
「……そんな訳無いじゃないですか…俺も逢いたかった…です」



抱きしめられたまま胸元に顔をうずめて

背中に手を回して擦り寄せるように…。



いつの間にか涙していたのは
気付かれないように。



ただただ込み上げてくる感情は




『愛しさ』





だけだった。









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