book11


□見つめた先に
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見つめた先に貴方がいれば良いのに。


見つめた先には何もなかった。




多分これは自分勝手な考えで
それでいて下らなくて
きっと貴方はいつものように
いつもの台詞を言うでしょう?
それが分かってるから
(実際どうだか分からないけど)
こんな浅ましい俺を見せたくはないから
言いたくても言えなくて…。
こんな…
もどかしい、もやもやした気持ちの
正体は明確で…
認めたくても認めたくない。


「…………馬鹿みたいだ」

一人残ったロッカールームに小さく響いて
呟いた言の葉は空気に触れて消えた。
こんな事思ってもどうにもならない。
だってあの人の性格だから仕方ないのだから。
誰にでも優しくて面倒見がよくて
頼れる兄貴分ですもんね…
なんて、厭味を込めて言ってしまおうか。
そしたら、どんな反応をしますか?
何か、感づいたりしますか?
出来れば厭味で受け取ってほしいな。

(こんな事気にして練習に支障出ちゃうかな……)

もう気にしないことにしよう!
だってこれは、俺の勝手な自己嫌悪!

荷物を纏めて帰るべく扉を開こうとした瞬間に…
開いた。
一瞬。何が起こったのか分からずに
開いた先を見れば先に帰ったはずの…

「…綱……海……さん?」

「お!なんだ?今までいたのか!?」
「ぁ、はぃ……綱海さんはどうしたんですか?」

先に帰ったのに、と続けようとした言葉は
口から出る事なく…否、出せなかった。
いきなり身体に重く何かがのしかかる…
それが目の前の人物で、更に抱きしめられてると
気付くと一気に体温が上昇してくるのが
分かって思いっきりその胸に顔を疼くめた。
それに気付いてるのか気付いていないのか
回された腕はぎゅぅーと強く
すぐには離してくれないみたいだった。

「えぇっと…綱海…さんっ」
「ん−…勇気補充ぅ〜!!」
「わわっ!…ちょ、何なんですかぁー」
「何って…立向居勇気って言う忘れ物を取りに来た!」

はぁ?と思わず零れた言葉はそれ以上出る事も無く
それ以上言葉を発することも無く塞がれていた…。
瞬きをして今の状態を確認して
今まで考えてたことが言葉では無く
雫になって頬を伝った。
唇を離した時に、それに気付いたのか
困惑の表情を浮かべて…。
それに心配させないように笑って見せるものの
更に困惑させるだけだった。

「勇気…?」
「大丈夫です……只、少し寂しかった…ので」
「なぁ勇気…それ。俺も同じだから」
「…やっぱり馬鹿みたい…
お互い同じだったんですね」
「同じで良かったな…さってとー帰るかー」
「はい」


見つめた先に貴方がいて

手を引いて変わらずに居てくれる

それで、想いが一緒なら


それ以上何もいらないと


そう思った。








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