蒼い少女紅い林檎

□葡萄の童話
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僕は絵を描くのが好きでした。
僕の家は碧い港が見下ろせる山の手に建ち、隣は有名な鞄屋さんの社長の豪邸がありました。
僕の家も、どうやらバブル期までは金持ちだったらしく、絶頂を過ぎた頃から少しずつ傾いてきたようです。
それでも、小さな頃の思い出は、お手伝いさんに
「お坊ちゃま」
と呼ばれ、大切にされ、
それこそ漫画など一度も読んだ事がなく、
家にある膨大な蔵書を読み漁っていたものでした。
窓から見えるのは
青い空
白い雲
碧い海
そして船の紅い線。
僕は昔から美しいものに囲まれて育ったので
美しいものが好きでした。
父の事業は失敗し、大学を出た僕は東京に出て
サラリーマンになりました。
人に使われて
こき使われて
美しくない毎日を送っていた所、たまたま電車に捨ててあった漫画雑誌を見て
これなら僕にも描けそうだ
ああ、そんな事を思ってしまったのが間違いのもとでした。
悪魔が憑いたように
馬車馬のように
孤独に
働かされ続け

それでも僕は美しいモノを求めて
悪魔のエサにつられて
働かされていました。
時々思い出すのです。
あの青達と
紅いラインと
白い雲を
僕は美しいモノだけ見て育ったのに、、

ジム、ならぬ福田くんは
とても綺麗な青い絵の具と紅い絵の具を持っていました。
僕は羨ましくてなりませんでした。
ジム、は綺麗な絵の具を見せびらかしているように見えました。
その絵の具、は美しい女性で
名前も
蒼樹紅
という素晴らしい名前でした。
本名は
青木優梨子
と言う、白い百合が似合いそうな
高潔な美少女でした。

ジム、ならぬ福田くんは、乱暴で横柄で
なんだか僕はいつも横取りされている気がしていました。
だけど
友達もいない
本当に好きな人とは
口もきく事ができない
臆病な僕には
そんな薔薇のように美しく
百合のように毅然と立った
蒼樹さんと話すなんて
とんでもない事でした。

福田くんや皆が
漫画で順位を争って
夢中になっていました。
ちょうど
あの童話のように
綺麗な絵の具は
誰もいない教室の
机の下に
しまわれていたのです。
どくんどくんと胸が波打ちました。
この世に、たった一つだけ
たった一人だけの
蒼樹紅。
今なら
僕のポケットの中に入れられる。
あの童話の優しい先生のように、肩の上で、ぶっつり切った髪が柔らかくカールして
白い服の似合う蒼樹さん。
僕のポケットに隠してしまおう。
、、そう思っても
ドキドキするだけで、、
蒼樹さん、は僕に微笑みかけてくれました。
綺麗な綺麗な笑顔でした。
ジム、ならぬ福田くんは僕の大切な青と紅の宝石を大切にしているようには見えませんでした。
僕は酷く臆病で
蒼樹さんを前にすると
マトモな事が一言も言えないのです。
ああ、こういうのが
恋情、というものなのでしょうか。
なんで福田くんは蒼樹さんと楽しそうに話しができるんでしょうか。
それでいて、なんで何も考えていないように、
戦う事が好きなんでしょうか。
ああ、あの男は単純で、目の前にある綺麗なものにすら気付かない。
僕には欲しくてならない
蒼と紅。綺麗なモノ。
しかも蒼樹さんは、ご機嫌の良い時は
こんな僕に笑いかけてくれるのです。
、、、僕のポケットに入れてしまおう。
僕がそう思ったからといって、罪に問われる訳じゃない。
福田くんは、図々しくて、でしゃばりで
そのくせ自分の本心を隠すような狡い人だ。
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