福田くんの受難

□To Love 桜橋
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『福田さん、桜見にいきましょう』
嬢の突然の電話だ。
「俺今日原稿アケで疲れてるんだけどー」
嬉しいのに、そんな言葉が出てしまう。
『、、、そうですね。ごめんなさい。平丸さん誘おうかな、、』
「行く!行けばいいんだろう?」
全くあの女は、、とぼやきつつも、心はうきうきしてくる。
外は湿った春の匂い。風がなまったるい。
迎えに行くと嬢は最近多かったハイネックではなくて、胸元の開いたワンピースにぐるぐるストールを巻いて、上着を着ている。
可愛いじゃねーか。
しかも、形のよい胸の谷間がチラリと見えてぐっとくる。
俺は嬉しいんだけど、、他の奴が見ても嬉しいに違いない。
やっぱりいつものハイネックのほうが安心だし、、、いや、あれもある意味そそるのか?
「井の頭でも行くか?」
そんな煩悶を振り切るように俺は聞いた。
「あんな所、酔っぱらいが多くて嫌いです。穴場を知っています」
「おい、そのバスケット持ってバイク乗る気?」
「はい。大丈夫です。しっかり留めてありますし」嬢が俺の後ろに体を寄せてくる。
いつもの柔らかい甘い香り。
「こうして福田さんの前でしっかり押さえておけば、、」
嬢はさすがに肝が据わっているし反射神経もすこぶるいい。
バスケット持ってバイク乗る女、なんだか笑いが込み上げてくる。

「ここです、素敵でしょう?」
小川の両岸に無数の桜が植わって、重そうな花をつけた長い枝が川に向かって垂れている所がライトアップされている。川面にも桜が映って凄く綺麗だ。
人がいっぱいだけれど確かに酔っぱらいはいない。
その川の周りを30分くらいかけて人の動きに合わせてゆっくり廻る。
「ほら、下から見上げると綺麗でしょう?」
嬢がふわふわ飛んでいきそうだ。
手を、掴んでおかないと。
そう思って手を伸ばしても嬢はまた、くるっと向きを変え、今度は川面を指さしながら
「素敵ですよ、ここ」
なんて言っている。

ぐるっと一周してから、少し離れた人気の少ない場所のベンチに座った。
「ほら、、ここから見ても綺麗でしょう?あの橋の所、見てくださいよ」
「ん、、」
確かに幻想的にうつくしい。
嬢がバスケットを開けて茶を渡してくれた。
「はい。福田さんのおやつ」
「おっ、サンキュ」
おやつ、というより立派な弁当だ。
ありがたく、いただきます。もー泣くほどうめえよ。
コンビニの唐揚げなんてもう食べらんないよ。
嬢は桜のライトアップをうっとりしながら見つめている。
桜より、嬢のほうが気になるんだ、、、
「ぶしっっ!」いけね、花粉症か?
ふわり、と甘い香りがして、嬢がストールを俺に巻き付ける。
その優しさが嬉しくて、照れながら嬢を見たら、なんだか白い胸元が今度はヤケに生々しくて。
いや、俺的には嬉しいんだけど、人通りはあのライトアップの下より少ないとはいえ、俺達の前を野郎どもが通る。
−G
−F
−テラきゃわゆ
なんだかエロい言葉が聞こえてくるぞ。
「いいよっ」
俺はふんわりしたストールを嬢にぐるぐる巻き直す。
嬢が少し心配そうに俺の顔を覗き込んでいるのがわかる。
ふう、と嬢がため息をついた。
俺だっていったいどうしたらいいかわからないんだ。
え!!!
嬢の小さい頭が俺の肩にこつん、とあたった。
なんだよ、これは。
「、、、好きです」

時が止まった。

「よくわからないんですけれど、、」
「なんだよ!それ!」
いきなり現実に戻される。
「、、、中井さんにもそんな事言ってたんじゃないだろうな!」
「違います!中井さんは、お父さんみたいな人で、、」
「、、お父さん、、」
ま、そーかもな、、。

一息おいて嬢が呟いた。
「私、福田さんに恋しています」

完全に時が止まった。

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