倉庫2

□拍手文
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半年前から来るようになったその人は、会ったこともないが間違いなく一護の敵だ。



オフィスビルばかりが並ぶ通りをひとつ裏にまわった、某保険会社の表玄関。車が十数台ゆったり停められそうな石畳の広場には、毎日11時を過ぎるとどこからともなく弁当を売る移動販売車達が現れる。
許可をとっているのか、それとも暗黙の了解があるのか、決まった曜日に同じ車が同じ場所で営業しているようだ。…とはいえ、3ヶ月前の異動で8階勤務になったばかりの一護は、たまに見下ろす窓の下、どの車が何を売っているのかまでは知らない。
近隣にコンビニが1軒と、打ち合わせに最適なカフェしかないせいか、雨の日でも大盛況。密集する傘の花は色とりどりで、女性客の多さは一目瞭然。
火曜日に来るというクレープの店は少し気になるものの、女性陣ばかりの列にポツンと並べるほど心臓が頑丈にできていないから、まだ一度も足を向けたことがない。そもそも、ここは自社ビルで、2階には商談のための小さなカフェテラス、3階には社員食堂があるのだから、昼食を外でとる必要性がないのだ。
給料日前の厳しい1週間は特に、社員食堂の恩恵を実感する。食券代は後払い、もしくは翌月の給料から天引きする方法もとれるという、素晴らしい食堂だ。

…と、思っていたのも、3ヶ月前までの話。

激務と評判の経理部に異動した今、経理に喧嘩を売っているとしか思えない後払いシステムは、ただ苛立つだけだ。
ただでさえ締日は午前中から領収書が殺到するというのに、午後3時を過ぎて食堂から持ち込まれる請求リストは手書きのために潰れている数字も多く、焦っているため加算ミスも連発。休み時間返上で数字とにらめっこしている一護は、まだ慣れない作業に、正直殺意さえ覚える。
はじめに思いついた奴出てこい、お前ひとりで計算してろ!と心中で悪態をつきつつ、検算したデータの入力を開始した。

本日分の後払いの集計が終わったということは、もちろん食堂は営業を終了している。
一護と入れ替わりで広報から営業に異動した同期が「3時までには持って来る!」と宣言していた接待費の集計がまだ手元に届かないPM3:36。遅い。空腹のせいで輪をかけた苛つきが、眉間のシワを深くさせた。
まだ社会に出て2年とちょっと。周りが先輩ばかりの環境で、まさか「気分転換にカフェテラス行ってきます」などと言えるはずもなく。

カチャ。

そろりと開いたドアの微かな音を敏感に聞き分け、一護はギロリと出入り口を睨み上げ……そして視線を戻した。…先輩だった。それも、少し、いやかなり話し好きで噂好きで情報通でいつもきゃらきゃら笑っている女性の先輩だった。
やばい、睨んじまった。
目をそらした直後、先に一言謝るべきだったのではないかとハッとしたが、時すでにおそし。人の気配を真横に感じておそるおそる視線を向ければ、白いビニール袋が見えた。そのままゆっくりと顔を上げると、件の先輩の……真顔。

「っ…」

すいません、営業にいる同期かと思って。口をひらいたが、喉がかわいて変な声が出た。
そういえば、出社してから、水分を補給した記憶がない。
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