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□拍手文
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黒崎一護から聴こえる音はいつだって優しくて強い。
こちらが手をのばさなくても穏やかに与えられ、自然と細胞に浸透し、自分の内側から響いてくるような感覚。
規則正しく、心地好いリズムで奏でられるその音は、地平をゆらめく黄金率。壮大な大地を支える1音。
脈打つ鼓動も、循環する血潮も、新しい音階をつむぐ。今まで誰からも聴こえなかった新しい音楽をくれる。
生きとし生けるものすべての源は同じだと歌う光。

いとおしい。

彼の声を運んでくる空気さえも。

彼が生きているこの時間が、永遠に続くことを祈るほどに。




「…………っ」

…その瞬間、声も出なかった。

背中にぴったりと覆いかぶさる体温、腹に回る腕、右肩にぐりぐりとおしつけられる頭。長い脚が絡み、完全にホールドされるまでかかる時間は1秒もなかったかもしれない。
基本的に自由きわまりない浦原はいつも突然一護の部屋に入ってきて、課題をこなしている一護の顔をじぃっと眺めて、気付いたらいなくなっている。それが日常で、普通で、いつものことで。
…急に後ろから抱きしめられる、なんて、今まで一度もなかったことで。

(え、なに、浦、ど、………………ッ!!??)

だから、首筋に唇をおしつけられるとか、Tシャツの中に手をもぐりこませるとか、そんなのは今まで全く無かったのに。
(……!?)
反射的に身を縮めるも、しなやかな身体は一護の背中に隙間なく密着したままだ。服の下で素肌をたどるてのひらが、臍あたりを撫で、腹筋を撫で、確かめるように左胸を包む。
予想もしてなかった事態に、一護の思考は停止した。
そして浦原も、動きを止めた。

(な、これ、え、ええ!?)

悲鳴をあげている心臓の上には、浦原のてのひら。沸騰しそうなほど熱い血が流れる薄い皮膚の上には、浦原の唇。
ここがアパートで良かった。一人暮らしで良かった。カーテンを閉めていて良かった。

「浦、!」

やっと出た声は信じられないくらい上擦っていて聞くに耐えず、途中で飲み込んだ。みるみるうちに、羞恥と怒りで全身が紅潮する。

(ひ、人の胸触りながら曲作ってんじゃねえよ…!)





憤る方向が「触られる」ことではなく「別のことを考えてる」ことなのか、とツッこむ者もいない。
遮光カーテンの外で世界は時を刻み、二人の時間はやわらかに姿を変えてゆく。



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