倉庫2

□拍手文
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親指の腹が、つ、と唇に触れた。
前触れのない浦原の行為に目を丸く開き、一護はその場に凍りつく。吸い込んだ息を吐くこともまばたきをすることも忘れ、手を伸ばしてきた男を見つめ返した。
穏やかな緑色のまなざし、神経質な白い手。…浦原に、触れられている。そう脳が自覚した瞬間、カッと顔が熱くなった。

一護が茹だっても、男の表情はかわらない。ピアニスト独特の硬い指先が、愛しいものを撫でるしぐさで柔らかな唇をゆっくりとたどる。
微笑む瞳はじっと一護の口元を見つめていて……世界中で1番大切なものを見る色にあふれていて。その視線の甘さだけで背骨が溶けてしまいそうだ。
言いかけていた言葉は、驚きのあまりどこかにとんでいってしまった。

「アタシ、くろさきサンの声…すごく好き…」
「……っ」

うっとりと囁く、低い声。
思わず腰が抜けそうになり、一護は気合いだけでカウンターにしがみついた。
なんて声を出すんだこの男!
「あ、あのな…っ」
「…、好き…」

重ねて言われ、一護の膝下から一気に力がぬけた。崩れ落ちそうになる身体を叱咤するが、「好き」と呟かれた声が心臓をとかしていくのがわかる。
魂まで侵食するかのような熱いまなざしで、ひた、と見つめられ、ゾクリと甘い痺れが下半身を直撃した。とても人には言えない場所が疼き出すのを感じ、火照った顔から一気に血の気がひく。

いやまて俺これはまずい。

一護は咄嗟に腕だけで自分の身体をささえるが、握りしめた拳は白く震えている。
聴覚だけが鋭敏に、世界中からただひとつ、浦原の吐息を拾った。
「…ねえ」
上目づかいの、ねだる声音。
指先は、唇に触れたまま。
「もっとアタシの近く……」
「…ッわ!!」

ビクッ!と盛大に戦慄いた身体が、とうとうバランスをくずしてカウンターの下に消えた。
「…へ?…あれ?くろさきサン?…くろさきサーン?」




日頃の不摂生と周囲への多大なる迷惑を戒める台詞は今日も届くことはなく……世界が認める天才ピアニストは、新たな被害を蒔き散らしながら我が道を歩いている。



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