ゆめ(ホワイト)

□待ち合わせは無効
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練習が始まってすぐに降り始めた通り雨のせいで、グラウンドの土はぐちゃぐちゃと気持ち悪い音を立てながら、俺の下ろしたてのスパイクを泥まみれにした。汗でびっしょりになったアンダーを脱ぎ捨てて、汚れた服と一緒に乱暴にエナメルバッグに押し込んでいく。チャックを閉めようとひとり奮闘していると、後ろから誰かに右肩を拳でトン、と叩かれた。

「なぁ栄口、」
「うん?ああ、泉、どしたの?」
「さっきグラウンドにいたときチラッと見えたんだけどさ。出入り口の辺りにいたの、あれ栄口の彼女?」
「へ?」

何とも間抜けな声を上げ、きょとんとした顔で着替えの手を止めた俺に、泉は、なんだ、お前気付いてなかったんだ?と心無しかにやりと意地悪く笑った。「なんか、お前のこと待ってるみたいだったぜ」って。まさか彼女が来てくれているなんて思ってもみない俺は、グラウンドの出入り口なんて練習中もグラ整のときでさえも全く気に留めていなかった。泉に言われるまで、だ。まさか気付いていなかったなんて言えない、けど、実際問題気付いてなかったんだから仕方ない。第一、今日は学校の正門の前で待ち合わせをする約束だったのに。

「やば、急がなきゃ」
「えーなになに!栄口の彼女来てんの!?」
「うっそー、てか、栄口彼女いたのぉ?」

練習、ずっと見てたのかな。俺が来るの、待ち切れなくなっちゃったのかな。片付けのくスピードを上げようと慌てはじめたとき、一足先に着替えを済ませた田島が、キラキラと瞳を輝かせながら割り込んできた。隣にいた水谷まで大声を出すもんだから、すっかりみんなの注目の的だ。もう恥ずかしいったらないよ、三橋もそんな気ィ使ったようにちらちらこっち見られると、なんか余計に気になるからやめてほしいんだけどな。

「いつから付き合ってんの?」
「…ええ、と…1ヶ月くらい前から、かな」
「あ、もうそんなになるっけ」
「えっ、花井知ってんの?」
「まあな。阿部も知ってたと思うけど」
「ああ」
「まじかよー!俺全然気付かなかったよぉ!」

着替えの手を止めたまま、へえー、とかほおー、とか歓声を上げている水谷に思わず照れ笑いをすると、なんで教えてくれなかったんだよー、水臭いじゃんかぁ、と相変わらずの情けない笑顔で返された。(だってタイミングなかったし、さ。)

「彼女かぁ、羨ましーなー!」
「なに、同クラ?」
「あんねあんね、8組だって!」
「まじ!」
「あ、俺クラス隣じゃん!」
「つか何で田島が答えてんだよ」
「だって俺知り合いだもんね!」
「まじ!!」
「ほえー!なあ、どっちから告ったの!?」
「…お、お、れ…だけど」
「おー!それ初耳!なんつって告白したの?」
「そ、そんなの聞いてどうすんだよ…!」

あまりにも興味津々に、そんなことまで聞いてくるもんだから、ロッカーを背に思わず数歩後退ってしまう。普段こんな話題になることなんて少ないから、予想外のみんなの食いつきようにちょっと驚いた。

「かわいい?」
「う、うん、…」
「うお!いいなぁ!」
「お前可愛い子好きだもんなー!」

途端にガヤガヤと盛り上がりはじめた部室。…そりゃあ、可愛いよ。だって彼女だし、俺の好きなひと、だし。ただ、部室内とは言え、大勢の前で彼女についてこんなにいろいろ追求されるのは…どうにも恥ずかしくて仕方ない。手繋いだの?家行ったりした?デートは?次々に襲って来るいかにもな問い掛けに赤面しつつ、とりあえずは、片っ端から適当にはぐらかしておいた。栄口のケチー!という水谷のブーイングを無視してバッグを肩にかけると、諦めたようなみんなのため息。(あーあ、明日からまたいろいろ聞かれるんだろうなぁ。)

「さーかえーぐちっ!」
「うん?」

一通りみんなに挨拶をして、スポーツドリンクを飲みながら部室を後にしようとした瞬間、大声で田島に呼び止められた。野球部のみんなを掻き分けて、田島はなにやらニヤつきながら、俺の思いも寄らなかった台詞を口にする。

「せっかく2人きりなんだからさ、チューしろな!ゲンミツに!」

ファイトだぞー!と両手で大きく手を振る田島。満面の笑顔で紡がれたその台詞に、口に含んでいたスポーツドリンクを思いっ切り噴き出してしまった。「うっわ、栄口噴いた!」「うは、汚ねー!」呑気に爆笑している野球部たちを一瞥して、俺は駆け足で彼女の待つグラウンドの出入り口へ急ぐ。

俺、顔赤くなってないといいけどな。





























100930
栄口くん好き^///^


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