ゆめ(ホワイト)

□赤い糸の解き方
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「恭弥ー、お腹空いたよー」
「ふうん」
「…きょーやー、お腹空いたってばー」
「そう」
「…むう」
「……」

例え何度名前を呼ばれようと、無視。これみよがしに頬を膨らませたって無駄だ。こういうときに下手に彼女を相手にすると、後々僕自身が限りなく面倒な思いをすることになんてとうの昔から知っている。僕は手元に散らかっていた適当な資料を手にとって、彼女の台詞を聞き流しながらそれを読んでいるフリをすることに専念した。

「…恭弥聞いてる?」
「聞いてない」
「…ひばりーん」
「ねえ、それやめてくれるかな」
「ひばりんで反応した…!」
「調子乗ってると追い出すよ」
「すみませんでした」

午前授業終了のチャイムと同時に慌ただしく応接室に駆け込んできた彼女は、さっきからずっとこんな調子だ。どうやらお腹が空いているらしい。怖いもの知らずとも言うべきか、何の許可も無く不躾に部屋に入って来たくせに、僕の腰掛けるダブルソファの向かい側を占領して、子どものように駄々をこねている。ああ、こんなどうしようもない女子生徒が僕の幼なじみだなんて、僕は未だに信じられないよ。「…君、お弁当は?」「今日はお母さんが寝坊だったの」「なら購買にでも行ってくれば」「財布お家に置いてきちゃったの!」…この場合、明らかに多大な迷惑を被っているのは僕の方だというのに、どうして君はそんなに偉そうなのかな。逆ギレ?

「恭弥、わたし午前中の授業一生懸命受けたんだよ。このままじゃお腹空きすぎて死んじゃうよ」
「…君、貧困による飢えで今この瞬間にも命の危機に曝され続けてる人間が世界にどれだけいると思ってるの」
「…なんか悟り開いたみたいな物言いだね!」
「死ねば」

…ジーザス、全部無視してやるつもりだったのに、気が付けばつい、彼女の言うことひとつひとつに逐一言い返してしまっている。思わず深くため息をついた僕を余所に、彼女はよいしょとソファに浅く座り直すと、僕の顔を覗き込んで拗ねた子どものような膨れっ面をした。

「意地悪、」
「…何言ってんの、今更でしょ」
「ふん、そんな風だと一生わたし以外のお友達できないんだからね。…彼女もできないんだからね!」
「…死ねば」
「意地悪!」

ここからはとにかく僕の「死ねば」と彼女の「意地悪」がひたすらエンドレスリピートだ。小さい頃からずっと変わらないこのやり取りは端から見ればたぶん相当大人気ないんだろうけど、普段はしんと静まり返っているはずの廊下が購買に向かう生徒たちでざわめき始めてただでさえ苛立ってきているというのに、僕を挑発し続けている彼女が悪いと思うのは当然のことなんじゃないかな。

「…ねえ、食べ物がないならいつも君の周りで群れてる草食動物達に分けて貰えばいい。お金だって同じことだ。わざわざ僕の所に来る意味が分からないよ」

いい加減にしてくれという意味合いも込めて、大きな瞳をキッと睨みつけながら、僕の正論を面と向かってはっきりと彼女に伝えると、彼女は一瞬きょとんとした表情を見せたあと、僕の予想に反してにへらと笑った。まったく、笑い事じゃないよ。だけど、そんな彼女に今更何も言い返すことができなかったのも事実だ。ちなみに、これは一切僕の意思に適ったことじゃない。完全に予想外の出来事だった。

「えへへ、」
「…僕の話、聞いてたの」
「ねえ、違うよ恭弥、だからわたし恭弥のところに来たんだよ!」
「…は?」
「だって、幼なじみっていちばんの友達でしょ?」

恭弥、わたしが困ってるときはいつも助けてくれるもんね、と、どこか得意げな笑顔を向けられた。…お弁当忘れたくらいで、それはちょっと大袈裟だよ。ある意味、さすが僕の幼なじみだ。内ポケットに入れっ放しだった財布を乱暴に差し出しながら思う。本当、昔から調子狂うんだよね。君のその顔見ると。






(…赤い糸だって?ワオ、そこの君、ふざけるのもほどほどにしなよ)




































初雲雀さん!撃沈;ω;`
100620

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