100題

□008.見知らぬ君と
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騒がしかった夏の気配はいつの間にか遠退き、微か乾いた風が頬を撫でた。
長い長い一本道の脇に並ぶ木々もほんのりと紅く色付いている。
訪れる季節への期待と、去り行く季節への切なさとを握りしめた。





(…あ)


ようやく雑木林を抜けたところで、思わず足を止めた。
一人の少年がポツリ、畦道に佇んで空を見上げていたからだ。


(うちの制服だ)


ただ空を見詰めるその少年の姿は、これまでに見たことがない。

(他学年か…?)

考えはじめて、すぐにやめた。
転校してきたばかりの自分には知らない顔の方が多いのだ。



だから、放っておくのが良い。


…と思ったのは確かなのだが、何故だかどうしようもなく惹かれて、気付けば声をかけていた。





「何かあるのか?」




上擦ってはいなかっただろうか。


少年の肩がぴくりと跳ねる。

夕焼けを映すその瞳がこちらをとらえて、声が返るまでの間は、嫌に長く感じられた。





「あ…いや、その…あんまり綺麗だったから」


先程までのどこか幻想的な横顔とは不釣り合いな、頼り無い声色。
細くやわらかそうな黒髪が風に揺れる。
暫し泳いだ末に逸らされた視線は再び夕陽に注がれていた。

知らない奴に突然話しかけられたのだから、極自然な対応だろう。


いきなり、ごめん


その言葉は喉の奥で潰れて消えた。

煩いにゃんこがこの場にいたら、からかわれていたに違いない。




少年と少し間をあけたそこで、同じように空を見上げる。

訪れた沈黙は不思議と心地よかった。







夕陽が沈みきったら去ってしまうだろうその背中を、勇気を出して呼び止めてみよう。



『見知らぬ君と』

夕焼け鑑賞会…なんて


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09.10.14 漆島希有











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