100題

□060.玩具箱の中には
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からん、ころん

からん、ころん



遥か遠くで響いていたはずのそれはいつしか距離を詰め、あと数歩というところで互いに黙りこんだ。
煩いはずの周囲の喧騒が不思議と遠くに聞こえる。

ふわりと、風が囁いた。



「お前さん、男を追い掛け回す趣味があんのかい?」

先に口を開いたのは、緋に金の華を散りばめた、派手な女物の着物に身を包んだ男だった。
何にも染まることのない漆黒の髪を風が拐う。

「御冗談を」

強い光を宿す瞳が真っ直ぐに捕らえるは、紅色の隈取り化粧に紫の紅をひく、これまた派手な出で立ちの男。
背中で存在を主張する薬箱が、その男の何たるかを示していた。

「冗談にしちゃあ出来すぎだと思うんだがね」

飾らない唇が弧を描く。


「それとも

俺とお前さんの行動範囲が同じなだけなのかい


なあ、――薬売り」








気付けば再び、ふたつの下駄の音が木霊していた。


からん、ころん

からん、ころん


それは街の賑わいに溶け込んで。

しかし並び歩く二人はその風貌から、姿そのものを馴染ませることはかなわない。


「いつ見ても繁盛してるようには見えねえな、薬売りよ」

「貴方に言われたくは、ないのですがね」

隣から微かに漏れた笑い声を拾って眉を寄せる。
当の薬売りは気にした風でもなく涼しげな顔を崩さない。


「どうせお前さんのその薬箱にゃ、商品とは名ばかりのガラクタが入ってるんだろう?」

「貴方の担ぐその玩具箱には、それに引けをとらないガラクタが、入っているんで?」

「まさか


俺のこの玩具箱には、御客様の夢が詰まってんだ」





「…くさい、ですね」

ほんの少しの間をあけて紡がれたその言葉には流石に衝撃を受けて、眉尻を下げた。


「薬売り…お前さん、いつからそんなに辛辣になったんだ」

「いえ…そうではなく…臭うん、ですよ」

「言っておくが、風呂には入っている」


「つくづく…頭の弱いお方だ」


「なんだと――…っ」



ひたり


薬売りの冷たい人指し指がそっと唇に触れてきた。
思わず続きを飲み込んだ俺に満足したのか、僅かに目を細めた後、指を離して、先へ歩いていく。

「おい、薬売り、何処へ向かってんだい。そしてこの手はどういうつもりだ」

掴まれた手首を振りほどこうとするも、どこにそんな力があるのか、びくともしなかった。

「ちょいと、モノノ怪を斬りに、ですよ」

「臭いってそういうことか…で、何故俺を連れて行く。面倒事は御免だ」

「すぐに終わります。…ああ、玩具箱は落とさないでくださいよ。そんなガラクタでも、多少の役には、立つんでね」

「だから…!」





『玩具箱の中には』

(ガラクタじゃない。夢だ、夢!)


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09.8.31 漆島希有










 

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