捧げ物

□Mother's warmth
1ページ/2ページ



ペタリ、ペタリ

ぺたぺた

ペタリ、ペタリ

ぺたぺた

ペタリ…


「…いつまでついてくる気なの?」

不気味に笑う月に照らされた路地で足を止めた。同時に止んだ後ろの足音。振り向かなくとも子供だとわかるそれに呆れたとばかりに息を吐けば、あれ、とおどけた声が返ってくる。声色から男であろうが、まだ随分と幼い。

「見つかっちゃった」

あれだけ分かりやすく尾けておきながら何を言うのか。
ゆっくりと振り返れば、薄汚れたシャツに裾の擦りきれた暗色のズボンに身を包んだ一人の少年が立っていた。
視線がかち合うことはない。
両の眼は荒く巻かれた包帯の向こう側だった。

「何か私に用かしら」
「用?用なんて無いさ。ただの遊びだよ。知らない人についていく遊び」
「知らない人について行ってはいけないと習わなかったの?」
「誰も教えてくれないよ、そんなこと」

少年は手を後ろで組んで、何故か楽しそうに歩み寄る。
視界は閉ざされているのに、進路は揺らがなかった。

「読み書きだって教わらないよ。見えないんだもの。僕が学んだのは同情の買い方くらいさ」
「あら、その包帯は見せかけじゃないのね」
「そういう貴女は見せかけ?その魂」

コテン、首を傾げた少年に目を見開いた。


(魂が…見えてる…?)


私の驚きを見透かしたように、少年は肩を揺らす。

「別に驚くことじゃないよ。魂を感じるのに目が使えるかどうかなんて大した問題じゃないもの」

まるでいつもそうしているかのように、途中何度か宙を掴んだが、ごく自然に、少年は私の手をとった。

「視覚が役に立たないとさ、他の感覚が冴えるんだ。耳で鼻で肌でよく視れば、手に取るようにわかる」

流石に色はわからないけど。

形の良い唇を歪ませて、少年は笑った。
いっそ青白い指が手の甲を撫でる。

「貴女はとっても寂しがり屋だね。そのわりには独りぼっち。強がりだもの」
「知ったような口を」
「僕、“目”がいいでしょ」
「どうかしらね」

伸ばした腕はいつの間にか少年の目を覆う布を剥ぎ取っていた。はらりと落ちたその奥の瞼は閉ざされている。そこには、決して開くことがないようにと込めてか、刃物を突き立てた痕。無感情に見つめていると、少年が小さく囁いた。

「ママからの贈り物さ」



「僕ね、色んなこと知ってるんだよ。誰も教えてくれなかったけど、分かるんだ。…でもね、一つだけどうしても分からないものがあったの」

「けど、それも今ようやく分かったよ」





少年は私の手に頬を寄せて、静かに泣いた。





『Mother's warmth』



(こんなに温かいんだね)




**

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ