(兄弟)

□ラボラット
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綺麗なオマエの心と身体を、純粋に暴いてやりたかったんだ。頭を埋め尽くした信号は、それ一つきりだった。
むしゃぶりついて、食い散らかしてしまえたら、身も心も満たされるはずだったのに。
それなのに。どうしてこんなに、切苦しい。




『ラボラット』




誰も彼も、一目見ただけで呆気なくオマエに夢中になってしまうんだ。
もちろんそれは俺も例外じゃなくて。アイツだって例外じゃなくて。ソイツだってドイツだって、みんなオマエに奪われてる。
俺たち男は欲望に忠実にできてるから、そんな目を向けられたらどうしようもなく欲しくなってしまうの、知らないでしょ。
知らないから、そうやってあどけなく振舞って、簡単に隙を見せるんでしょ。
ずるいんだよ、そういうの。だめなんだよ、そういうの。
そんな親しげな笑みを誰にも彼にも向けるの、許せなくなるから。


誰の心のどんなにきつく固結びにされた結い目も、なんでもないことのようにするすると解いてしまうオマエは、きっと何かの能力者。
その技にかかって、俺の心なんか出会ったその日からだらしなく開きっぱなしになってるんだ。
どうしたら、そんなに器用に他人の心を解くことができるの?
そういうの、どこで身につくの? 俺も知りたいな。
俺にはないからさ。それ、施しのつもりで、教えてよ。それを実践したい相手が、たった一人だけいるんだよ。
その方法を教わってから、オマエを組み敷く予定だったのに。


ごめんね、欲望と妄想って止まらないんだよ。
溢れて零れ落ちる、光色のオマエの感性。それ、羨ましいなぁ。一口でいいから、すすらせてほしいんだ。
大切に口の中で転がして、咀嚼して、味わって、飲み込んで、果てるからさ。
そんなことばかり想ってオマエを見つめていたら。つい手が伸びちゃって。
口から綺麗事を並べた誘い文句を吐いて、気がついたら俺はオマエにひどいことしてた。


ただ、純粋な欲求だったんだ。オマエの視界を俺だけで塞いでしまったら、どうなるのか知りたかったんだ。
でも、心からの欲望だったんだ。オマエの肢体を包む柔らかな布をはぎ取ったら、どんな色が見えるのか知りたかったんだ。
ねぇ、許してくれない? 気持ちよかったでしょ? 知らないこと知れて、嬉しかったでしょ? 俺と見れて、よかったでしょ?
だめか。だめだよな。俺なんかがオマエを覆い尽くすこと、できはしないんだ。

ただ、無心で指を埋めた。初めてじゃないのに初めての感触。思わず声が引きつりそうになってしまう程の感触。
でも、いたずらに傷つけたかったわけじゃないんだ。ただ深く、深く、知り尽くしたかっただけのこと。
ねぇ、認めてくれない? 俺、オマエのことならなんでも知りたかったんだ。見たくて、聞きたくて、触れたくて舐めたくて入りたくて、気が狂いそうだったんだよ。
だめか。そうだよな。俺なんかがオマエを喰い尽くすこと、許されはしないんだ。


ぱくぱく動かされる口が、苦痛を訴えているのには気付いていた。
はくはく浅くつかれる息が、解放を望んでいることも知っていた。
でもね、離してあげないよ。だってこれを逃したらさ、オマエはもう二度と、俺のことを見てはくれないんだろ?
そんなの、そんなの。鋭く尖らせた桜貝の爪で切り裂かれるよりも、痛いから。
何度でも終わることなく、オマエを揺り動かして。擦り抜けてしまわないよう、軋む程に抱きしめた。









ああどうしよう。始まりは些細なことだった。単純にしてそれは明快。オマエを、俺だけのものにしてしまいたかったんだよ。
でも、濁流に飲み込まれるみたいにして、簡単に動けなくなった。逃げる暇もなく、溺れてしまった。
逃げられないように磔にされたのは、オマエ。でも実際に動けなくなったのは、俺だった。
オマエの息が欲しい。オマエの髪が欲しい。オマエのあれもそれも、全部全部俺だけに頂戴。
みんなみんな奪い尽くして、俺はやっと息がつけるかもしれない。アイツやソイツが希求するもの、全て俺が食べちゃったらさ。もう手も足も出ないでしょ。


全部終わったシーツの上。弛緩しきった身体で横たわるオマエは欲望まみれ。
オマエから掠め取ったもので身体を満たしてみて、やっと気がついたんだ。
欲しかったあれそれを剥ぎ取ったとしても、俺は決して報われないんだって。自分でも嫌になる程、いつも気付くのが遅いんだ。
ああ、これはきっと、重罪。
ごめんね。俺のせいで、汚れたね。
泣きながら、それを拭う為に手を伸ばした。その手を、掴まれる。氷のように凍えた指先を、オマエの温度が溶かしていく。
そしてあろうことか、オマエは笑って言ったんだ。


『どちらでもなくて、始まりはきっと、二人同時なの』


どういうことか分からなくて首を傾げたら、息を飲む程に艶やかな色で笑まれ痺れてしまった。
だめだってば、そんな顔しちゃ。もう、一生、離せなくなるでしょ?
オマエはまるで、欠陥研究者に捕らわれた、哀れな有能サンプル。
誰にも見せたくない。誰にも触れさせない。唯一の熱を持った、俺だけのサンプル。





END
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