「ぎんとき、おはよう。」
「ん、おはよ。」
襖が開いたと同時に、可愛らしい顔がのぞく。
昨日は勉強した後、たくさん遊んで、そのまま高杉と寺子屋に泊まった。
「せんせいは?」
「今日はようじがあるからって、あさ早くに出てった。」
「ふうん。」
高杉は俺の隣に座り、先生が用意してくれていた朝ごはんを頬張った。
まだ寝ぼけた顔をしつつも、もごもごと動く口元が可愛い。
「今日、なんかするか?」
そう問いかけると、高杉はにこっと笑って言った。
「木のぼりおしえて。」
――――…
「よし、じゃあまずはこの小さい木な。」
「うん。」
俺たちは朝ごはんを早々と済ませると、近くの林に来ていた。
「俺が先にのぼってみせるから、そのあとから来いよ。」
「わかった。」
俺はひょいひょいと木を登り、高杉を呼んだ。
「ほら、来いよ。ひとつひとつ足をかけてのぼってみろ。」
「うん。」
それでも初めての木登りは難しいのか、ちょっとずつしか進んでいない。
「がんばれ。」
「んん。」
一生懸命手足に力を込めて登る。
「もう少しだ。」
「うん。」
高杉の額にはじんわりと汗が滲んでいた。
「ほら、たかすぎ。」
すぐそこまで登ってきたので、手を伸ばし、引っぱってやる。
「うわっ。」
どさっ。
引き上げたのはいいが、高杉が倒れこみ、俺まで倒れこんでしまった。
「ってぇ…。」
「ぷくく。」
「ん?」
「あは、はははっ、はははははっ!!」
何がおかしいのか、高杉は思いっきり大きな声で笑い始めた。
こんなに大きな声で笑う高杉を初めて見た俺は、嬉しくなって一緒に笑った。
高杉は、みるみるうちに木登りがうまくなった。
最初は小さな木から始めたが、今では一番大きな木にまで登れるようになっていた。
「ぎんときー。」
高杉が楽しそうに笑うから、俺も楽しかった。
気が付くと、辺りはオレンジ色の光に包まれていた。
なんと俺たちは、昼ごはんも忘れ、木登りに夢中になっていたのだ。
「たかすぎ、そろそろかえるぞ。」
木の高いところにいる高杉に、下から声を掛ける。
「うん。」
先生も帰ってくる頃だな、と思い歩き出すと、突然後ろから悲鳴が聞こえてきた。
「わぁぁぁぁッッ!!」
振り向くと、足を滑らせた高杉が真っ逆さまに落ちていくところだった。
「たかすぎッッ!!」
ドンッッ!!
頭がくらくらして、そこで意識が途切れた。
――――…
見慣れた天井。
うっすら見える紫。
手には温かい感触。
ぼんやりとする頭を無理矢理起こし、記憶を辿る。
えっと…確か落ちる高杉を受け止めて…。
そんなことを考えていると、俺の横に座っていた高杉が目を覚ました。
「ぎんときっ!!」
安堵と不安で目には涙が溜まっている。
「ぎんときごめん!!おれのせいで…。」
ぽろぽろと涙を流し、俺に飛びついてきた。
俺は高杉の頭を撫でながら言った。
「たかすぎのせいじゃない。俺が頼りないせいで。」
ぽんぽんと背中を叩いてやると、高杉はぶんぶんと首を振った。
すると、スッと障子が開き、先生が顔を出した。
「銀時、目が覚めたのですね。」
「先生。」
先生は俺の近くまで来ると、お茶を淹れてくれた。
「軽い脳震盪だそうです。大事には至らなかったので、一安心ですね。」
優しく頭を撫でてくれる先生。
「晋助も、もう無茶をしないようにね。」
「ごめんなさい。」
「さ、ご飯にしますよ。今日は2人の好きな天ぷらです。」
「天ぷら!!」
「やったー!!」
先生と高杉と俺。
賑やかな笑い声で溢れていた寺子屋だった。
――――…
「くしゅっ。」
寒さで目が覚める。
「銀時ィ、風邪でも引いたかァ?確かバカは風邪ひかねぇはずだったが。」
「るせー。」
ククッと笑う高杉は、あの可愛らしかった頃の面影もない。
ゆっくりと流れる船の中で、俺たちは酒を飲んでいた。
「あ、あれ最近できた駅だよな。今度祭りあるって。」
「祭り…?そりゃあ楽しそうじゃねぇか。」
しまったー。
この男に祭りの話は禁物だった。
「あ、あれ、間違ってもボーン!!的なことはしないでね。」
「ククッ、いい祭りにしてやろうぜ。」
「え、俺も参加すんの?え、俺は…アレだよ?そのー、爆弾とか使いこなせねぇよ?剣に生きる侍だもの。」
「大丈夫だ、ちゃんと教えてやるさ。昔オメーがいろいろ俺に教えてくれたようにな。」
あの天使のような笑顔は、今やすっかり悪魔の微笑みに変わってしまった。
でも、それでもこれだけは変わらない。
高杉を心から愛する気持ち。
END.