「ぎんたーまファイ、ファイ、ファイトー。」
「「「ファイトー。」」」
「きんたーまファイ、ファイ、ファイトー。」
「「「ファイトー。」」」
「おい、お前今きんたまって言ったよな?」
「いいじゃんいいじゃん、みんな普段通りに掛け声返してきたし。」
「ふざけんな。練習ナメてんのかコラ。」
ランニング中に言い合いをしているのは、剣道部主将の土方先輩と、副主将の銀時先輩。
今は高校3年生で、2人ともかなりの腕前だ。
それから、イケメン。
「おい、高杉。お前もなんとか言ってやれよ。次期主将候補だろ?」
「え、いや、あの、銀魂でお願いします。」
土方先輩、俺に振らねぇでくださいよ。
「えー、高杉冷たーい。」
クスクス笑う銀時先輩に、視線が釘付けになる。
もう、2年経つのか。
銀時先輩に出会ってから…。
――――…
入学式の日、俺は部活見学をせずに帰ろうとしていた。
部活とか入る気ねぇし。
荷物を持って靴箱に行くと、いきなり何かがぶつかってきた。
ドンッッ。
「ってぇ…。」
「わ、ごめんごめん!!」
ぶつかってきた相手を見ると、ふわふわの銀髪頭をさすりながら申し訳なさそうに笑っていた。
「いやー、ちょっと部活に遅れそうだったから急いでて。君、新入生?」
「あ、まぁ。」
「ね、部活見てかない?」
「いや、俺はどこも入部する気ないんで。」
そう言って、その場を立ち去ろうとした。
しかし、腕を掴まれ引き戻される。
「ちょっとだけでいいからさー。俺もう完璧遅刻だし、新入生でも連れてかなきゃ怒られるんだよー。」
「俺を利用するつもりか。」
「いや、まぁ…そう。でもね、かっこいいよッッ!!絶対憧れるって!!」
「…結局何部っすか?」
「あ、大事な部分言ってなかった。」
するとそいつは笑って言ったんだ。
「剣道部。」
――――…
今、目の前でへらへらしてるのがその時の銀髪頭。
俺より1つ年上で、俺の…好きな人。
あれからまんまと罠に引っ掛かり、剣道部へ入部してしまった。
しかし剣道が俺に合っていたのか、みるみるうちに上達し、今では次期主将候補に。
部活は毎日楽しいし、銀時先輩には感謝している。
「よし、今日の練習はここまでだ。片付け当番は…銀時と高杉宜しくな。それじゃあお疲れ。」
「「「お疲れ様でした!!」」」
土方先輩の声で、部員たちは部室へと走って行った。
今、剣道場にいるのは俺と銀時先輩だけ。
何を話そうか考えていると、銀時先輩から声をかけられた。
「高杉、主将になれよ。」
「え?」
竹刀を片手に、いつもの笑顔で銀時先輩は言った。
「お前はキレがいいし、瞬発力もある。ひとつひとつの動きに無駄がない。それでいて、品がある。才能あると思うよ、お前。」
今までこんなことを銀時先輩から言われたことなどなかった。
嬉しさと恥ずかしさで、俺は顔が熱くなるのを感じた。
「あ、ありがとうございます。」
そんな俺を見てニッと笑うと、また片づけを始めた。
そういえば、銀時先輩はなんで副主将なんだ?
腕前は土方先輩より上だと感じていた。
ただやる気がなかっただけか?
まぁ、この人ならありえるな。
片づけが終わり、部室に戻るともう誰もいなかった。
「あいつら帰んのだけは早ぇよな。」
そして相変わらずごちゃごちゃした部室だな。
マネージャーとか募集しねぇのか。
そんなことをぼーっと考えながら、袴を脱ごうとしたときだった。
いきなり銀時先輩が俺の肩に顔をうずめてきた。
「!?」
驚きのあまり何も言えずにいると、銀時先輩が顔を上げて言った。
「他のヤローたちはムサ苦しい臭いしかしねぇのに、高杉はいつもいい匂いするよな。」
固まったまま動けない俺をよそに、鼻歌を歌いながら銀時先輩は着替えを済ませた。
「そうだ、今日どっか寄ってかねぇか?」
「あ…いいっすよ。」
「じゃあ、お好み焼き食いに行くか。」
部員たちとみんなで寄り道することは何度もあったが、先輩と2人はこれが初めて。
並んで歩くのも、部活以外でこんなに近くにいるのも初めて。
緊張しすぎて、あんまり顔も見れず、何を話したかも覚えていない。
ただ、すごく嬉しかったことは覚えている。
――――…
「高杉、お前を次期主将に任命する。土方の後はお前がみんなを引っぱって行ってほしい。」
3年生が引退する少し前、俺は顧問の先生に呼び出され、次期主将決定を告げられた。
「はい、頑張ります。」
「おう、頼んだぞ。」
「失礼します。」
ガラガラ。
職員室を出て、俺は真っ先に銀時先輩へ報告するために走った。
ガラでもねぇと思ったが、早く伝えたくて仕方なかったのだ。
渡り廊下を少し行ったところに、銀時先輩はいた。
「せんぱ…」
しかし、1人ではなかった。
俺は声をかけるのをやめた。
よく見ると、一緒にいるのは2年の沖田総悟。
たしかアイツは剣道部を1年のときに辞めたヤツだ。
2人で何話してんだ?
俺はその場を動くことができず、ただ2人を見ていた。
沖田はなにやら下を向いて思いつめた様子で口を動かしている。
すると、銀時先輩が沖田の頭を撫でた。
しばらく先輩が何か言った後、沖田は嬉しそうに笑って歩いて行った。
俺は頭が真っ白になって、来た道を戻り、教室へ走った。
なんで?
なんであんなに先輩は優しく頭を撫でる?
なんであんなに沖田は嬉しそうに笑う?
2人は…どういう関係なんですか?
銀時先輩…。
――――…
「今日までみんなありがとう。俺たちがいなくなっても、頑張れよ。」
「「「はい!!」」」
今日は3年生にとって最後の部活だった。
そういうわけで、ひとりひとり先輩が挨拶をしている。
「えー、坂田銀時です。副主将をやってきましたが、まぁ楽ちんでした。仕事は全部土方くんがやってくれるし。」
「テメェッッ!!」
どっと笑いが起こる。
「まぁ、俺たちはもういなくなるけど、お前らはお前らで自分の道を進め。目標は高く持て。それから、息抜きも忘れんなよ。これ大事。」
「テメェは息抜きばっかだけどな。」
「えー、ひどいよ土方くん。」
結局あれから俺は、銀時先輩とまともに話していない。
主将決定のお祝いの言葉にさえも、そっけない返事をしてしまった。
このまま先輩は卒業して俺の前からいなくなる。
そうしたらこの胸のつっかえもなくなるだろ…。
先輩の挨拶が終わり、部室へ戻ろうとしたとき、土方先輩に呼び止められた。
「高杉、ちょっと来い。」
「何すか?」
すると土方先輩は少しため息をつき、話し始めた。
「お前、ちょっと前から銀時に対する態度、おかしくねぇか?」
「っ。」
どんだけ俺のこと見てんだよこの人。
「何があったのか知らねぇが、アイツ相当きてたみたいだぞ。高杉は自分がスカウトしたようなもんだし、一番弟子だとか言ってたからな、アイツ。」
「……。」
そんな風に思われていたなんて…。
なんだか複雑だ。
「俺に話せることなら話してみろ。」
「いや…別に。」
すると先輩は俺を正面から見て言った。
「お前、銀時のこと好きなんだろ?」
「な…!!]
なんで知ってんだよ!!
「このままでいいのか?」
その言葉が胸に突き刺さる。
俺は覚悟を決め、あの日見たことをすべて話した。
すると土方先輩は
「はっ、なんだそら。乙女か。」
殺す。
俺の真剣な話を鼻で笑いやがった。
「もういいです。じゃ。」
「お、おい待て。そいつはお前の勘違いだ。」
「…勘違い?」
「ああ。」
何が勘違いだというのか。
あの日の2人はとても嬉しそうだったじゃねぇか。
「お前、沖田が怪我して部活辞めたの知ってるか?」
「あぁ…はい。」
「そん時、銀時が一緒にいたんだよ。その日の片づけ当番は銀時と沖田でやっていた。だが、突然山積みにされていた防具が落ちてきて、沖田は右手を負傷したんだ。」
「はい…。」
「その頃、3年の先輩たちが引退する前で、剣道部次期主将は銀時にほぼ確定していた。だがアイツはそれを辞退した。どれどころか、退部届まで出してきやがった。」
「なんで…。」
「後輩の身の安全すら守れないようじゃ、主将になる資格はない。後輩が辞めなきゃいけねぇのに、自分だけ残ることはできねぇ、だと。あれは不慮の事故で、銀時のせいじゃねぇのにな。」
「…綺麗ごとっすね。」
「そうだな。でも沖田は銀時に剣道を辞めてほしくなくて、なんとか説得してくれた。だからアイツは主将を辞退することを条件に、戻ってきたんだ。ほんとはアイツが主将で、俺が副主将になる予定だったんだがな。」
「やっぱりそうだったんすか。俺的には銀時先輩の方が上手だと思ってたんで。」
「…ごめん、それほんと傷つくからやめて。」
「で?それがこの前のとどう繋がるんすか。」
「今でも沖田は、銀時が主将になれなかったのを自分のせいだと思って負い目を感じている。だからたまにああやって銀時の心配をしに来るんだよ。」
「……。」
なんだか、嫉妬してた自分が小さな人間に見えてきた。
「まぁ、そういうこった。別にお前が想像してるような関係じゃねぇよ。」
胸のつっかえが、少し無くなった気がした。
「あとは高杉、お前次第だ。」
その言葉に俺は、走り出していた。
銀時先輩、銀時先輩!!
夕日が照らす校舎を、俺は無我夢中で走り抜けた。
早く…先輩に会いたい。
先輩はちょうど靴箱で上履きを戻していた。
「はぁっ、はぁ、せんぱ…い。」
「どうしたの、高杉。」
息を切らせて走ってきた俺に、銀時先輩は驚いた顔をした。
そういえば、先輩と出会ったのもここでしたよね。
「先輩、好きです。ずっと先輩のことが好きでした。」
2年間溜め込んできた想いをやっと伝えることができた。
桜の下で笑う先輩。
汗を流して竹刀を握る先輩。
夕日に照らされた先輩。
寒いね、って雪の中笑う先輩。
ずっとずっと見てきた。
先輩だけを。
銀時先輩は、何も言わずただじっと俺を見つめていた。
今、先輩の頭、視界にいるのは俺だけ。
それだけで十分だった。
「先輩、さよなら。」
俺は先輩の横を通り過ぎようとした。
だが、
「高杉っ。」
俺は動けなかった。
背中から伝わる先輩の体温。
俺は先輩の腕の中にいた。
「高杉、俺もお前が好き。大好き。」
「せんぱ…い。」
何も期待などしていなかった。
何も求めてはいなかった。
なのに、どうしてこんなに涙が止まらないんだ?
「俺、高杉から嫌われたのかと思ってたよ。」
「…違います。俺の、くだらない勘違いです。」
「…そっか、良かった。」
先輩は、詳しいことを俺から聞き出そうとはせず、ただ俺を優しく抱きしめてくれていた。
「銀時先輩…大好きです。」
――――…
「おい、お前やる気あんのかコラ。グラウンド10周してこい。」
「うっす!!」
遅刻してきた1年に俺は罰を言い渡した。
「うわ、高杉スパルタ。」
「当然のことっすよ。てかОBは黙っててください。」
「ほいほーい。」
俺は主将として、日々練習に励んでいた。
今日は銀時先輩と土方先輩が練習を見に来ていた。
「てゆうか、高杉があんな勘違いで妬いてたとはね。」
「土方先輩、あのこと言ったんすか?」
「まぁ、ちらっと…。」
こいつ口軽いな。
「まぁまぁ、そんなに怒んなくてもいいじゃん。そのおかげで今俺たち恋人同士になれた訳だし。それに嬉しかったよ?俺のことで嫉妬してくれてたなんて。」
「っ!!練習戻ります。」
俺は部員たちの方に走って行こうとして、ふと足を止めた。
そして、振り返って言った。
「土方先輩、ありがとうございました。」
あの時のお礼まだ言えてなかったから。
先輩は一瞬、驚いた顔をして笑った。
「ああ。」
銀時先輩も、またいつもの顔で笑っていた。
緩んだ顔を引き締め、俺は練習に戻った。
「よし、それじゃあ試合始めるぞ!!」
END.