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□キミの瞳の世界は、
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『濁って、みえるよ』

いつだって唐突だ。
いきなり走りだしたかと思えば、いきなり歩きだし、はたまた笑いだしたと思ったら、突然黙る。なんでも緩急が激しいというか。でもハッキリ、とは違う。表情は時々曖昧で、怒るところと、泣くところだけは見たことがなかった。

稀に、鼻の頭を赤くして涙目のようなことがあったけれど、それが頬を伝うことはなかったし、一瞬で、勘違いかと思われる程度。
眉間に皺が寄ったこともあったけれども、やはりそれもじっくり見ていなくてはわからないくらい一瞬で、…勘違いだと思う。


社交性があって、いつも人を笑わせ、知らない人に軽く声をかけてしまえるくらい勇気もあった。


でも、ちょっと変人なのだ。
「空は何色をしている?」なんて。見上げながら言うものだから、目が見えないのかと動揺させられた。(そんなことはないのだとよくよく考えればわかることだ)
ある日は、「つけているじゃないか、メガネだからってかける必要はないからそこに」と買ってあげた伊達メガネを掛けずに、バックに引っ掛けていた。
理屈っぽい、と一言でいえばそうなるのかもしれない。でも、理屈っぽいと一言でいう以上に、なんだか不思議な何かが引き付けていた、磁石。N、S極のように。静電気の、+、−のように。

いつも、そして今日も一緒。
隣にいて、語られる蘊蓄か理屈か、へんてこな何かかを、聞き流し、はたまた応え、相槌をうって、その長くてゆるい時間を永遠のように感じていた。

「空は、」

「青空だよ、」

「そうみたいだ、でも泣きそう」

「でも天気予報は1日晴れだよ」
そうか、と納得したようだった。

暫く、黙っていた。
風の音が響く。水の音が届く。

「なあ、」

「ん?」

『キミの瞳に映った世界は、綺麗かい?』





「……やめろよ、」

言われて、意図に気付かないで、半分反射で言った。綺麗だ、って。綺麗、だったよ。

ぼたぼたと、分厚い日記帳の、最後にかかれたページに水が落ちる。水溜まりができるまえに、しみ込んで消えて、そこに跡を残す。

「やめろよ、そんな…」
――そんなつもりじゃなかった。
今更なにをいっても届かない。分かっていてもこぼれてしまう。それが自分という人間なのだろうか、彼とは正反対の。


『いつからか、わからない。けれども確実に色んな物を押し殺していた。そう、例えば涙。悔しいとき、辛いとき、流れるはずのものが自然とは流れなくなった。それが強い、と直結していった。周りがいくら泣いても泣けず、寧ろ泣きたいのに、慰め役に回ったり、泣かない、強いというレッテルが泣くことを許さなかった。そう、思ってた。』

強かった。
強いと思っていた、憧れていた。どんなときも、彼は、逞しくみえていた。けれども、それは周りの押し付けがましい迷惑で、ただの圧力だった?

『自分が、自分じゃない気がして。見えている世界が、変わっていく気がした。変わっていって、みんなとは違うところにいるんじゃないかって怖かった。色、味、匂い、みえるもの、みえないもの。完全な自分を見失っていた』

気付かなかった。
側にいたのに、近くにいたのに。――…隣にいたのに。

『映った世界が、濁っていた。そんな気がして堪らなかった。人間らしくない、人間。欠陥を抱えたような、そんな。思えば思うほど、苦しくて、居たたまれなくて、何もできない自分を情けなく思って、必要だとは思えなくなった。…八つ当りもした。役たたず。たまに何かに失敗して罵倒されたとき、少しだけ、救われた。罵倒されて、その通りなんだと素直に思える自分に酔っていた。人になにもかえせない自分を、きちんとわかってる、そうやって酔った、自己陶酔ってやつ。』
――なあ、キミの瞳に映った世界は、綺麗かい?

『オレの世界は綺麗だった。でも、綺麗すぎて割りに合わない。綺麗すぎて、輝きすぎて。オレは違うって思った。だから』

「…綺麗、だった。綺麗なのは、」

泣かないで、人を優先させていた。怒らないで、正しい道を教えていた。いろんな、空さえも感じとって優しさを配っていた。……役たたずとか、八つ当りとか、人間の弱さを自分のせいにして、当たり前のことを当たり前にしないで、そうゆう強さだった。憧れて、恋い焦がれて、追い掛けて。理屈で考えて、最後まで答えを探して。そうやって時々空見上げて。

「そーゆうお前がいたからッ……綺麗なんだよ」


綺麗な奴だった。

綺麗な世界だった。

「ありがとう、×××」


『キミの瞳に映った世界は、綺麗かい?』

あの質問は、何を意図したか。
あの時救えたかもしれない。
そう考えて。そう悩んで。

それでも。いつだって。

――お前がいたから綺麗なんだ。

そう思える。




「綺麗だよ」

「……そう、か」

薄く笑って、ほほえんで。
空を再び見上げる。釣られてオレも。空は青い。けれども確かに泣きそうだった。

「……ありがとう」

唇が、微かにそう動いたのを見た。そして聞いた。
いつも通り、永遠と思って、空を見上げて。
悲しげな瞳が、空を映していた。





―――次の日、キミは死んだ。
 

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