サンイヴェ/SH









俺たち盗賊にとって、拠点、つまり住処がばれるのがいちばんマズイ
寝てるときに襲撃されたらひとたまりもないだろう
盗賊だって人なのだ、三大欲求と呼ばれる睡眠欲と食欲と性欲はたぶん人並みにある

これはサヴァンからの情報なんだが、彼の話によると、俺たちは今の宿にいると今日の深夜に襲撃に遭うらしい
なんでもこの間仕事で盗みに入ったところの使用人が街で俺たちのことを見かけてあとをつけ、この宿を発見したらしい
俺とイヴェールは整った顔つきとか何とからしくこちらは覚えてなくてもあちらが俺たちの顔を覚えているということが多々ある
今回もその例のようだ、今度からちゃんと顔を覚えるようにするべきか

それを聞いた俺たちはこの町外れの仮住まいの宿を去ることにした
どっから仕入れてるのかは定かではないが、サヴァンの情報は確かなのだ

適材適所ということで俺が比較的大きな荷物、イヴェールが割れ物や衣類などの小さめの荷物をまとめることになった
二人で手際よく荷造り作業を進めていく
イヴェールがせっせと小物を片付けていく、あんな緻密な俺には到底無理だ
俺は細かいことが苦手で面倒になると全部適当に詰めていく
それが原因で俺がイヴェールに贈ったマグカップを割ったことがある
あんときはもの凄く怒られた、俺が贈ったもんをそこまで大事にしてくれてたことが嬉しかったがその分すごく申し訳なかった
それ以来荷物をまとめる役割分担は何も言わずとも決まっている

今回の荷物はまだ受け渡しが済んでいない品もあったのでデカイ荷物の方が大半を占めていて運ぶのだけイヴェールにも手伝ってもらった
イヴェールがひょいと大きな荷物を持ち上げる
あんなに非力な顔をしといて大荷物を軽々と持ち上げる様を見るともしかしたら俺のほうが力がないのかもしれないという錯覚に陥るが
まぁ実際は俺の方が力はあるのは確かだ
こんなことを言うとイヴェールに3日間くらい無視されかねないから言葉にはしないが俺のほうが力があるというのは既にベッドの中で立証済みである


「お前、見た目に似合わず力あるよな」
「…何だ急に、女顔の俺に対する嫌味か?」
「いや、別に顔がどうとか言うわけじゃなくてだな…」

イヴェールはとくに気にした様子もなく作業を続ける

「イヴェールも、男なんだよな…」
「お前さっきから何言ってんだよ、俺のこと今まで女とでも思ってたわけ?」
「そんなわけねぇだろ、でもさ…」
「言いたいことがあるならさっさと言えよ、早く荷物運ばねぇと馬車のおっさんに怒られるぞ」

「…その、イヴェールってさ、綺麗な顔してるから男女問わず寄ってくるだろ」
「まぁな。それがどうした」
「世の中こんだけ広いのに、なんで俺なんかと一緒にいるのかなって…」

今まで聞いたこともなかったが、なんとなく気になったのだ
俺なんかよりアイツの喜ぶようなことが出来る奴はたくさんいるし、盗賊なんて低俗なことをしなくてもアイツは生きていけるはずだ
そんな人間がわざわざ危険で保障のないこの仕事を、学がなく文字の読み書きさえままならない俺を選ぶのか、理解きない
この仕事が好きっていう単純な理由だったらもう少し頭のキレる奴を仲間にしたほうがよっぽどいい
それに…その、身体の関係があるってことはそれなりに愛って奴があるわけで…
単なる性欲処理として俺の相手をしてるんだったら今頃俺が喰われてるんだろうし…
俺なんかのどこがいいのか、その疑問が頭の中を占領して蠢き回る

「なんでってそりゃ…サンだからだろ」
「…よくわかんねぇ」
「確かにお前は学がないしぶっちゃけると馬鹿だ、きっと一人ではやっていけない」
「えと、それって同情で一緒にいるってこと?だいぶ悲しいんだけど」
「そんなんじゃない、馬鹿だし俺がいないとなんも出来ないお前だけど、そのお前が俺には必要なんだ」
「けなされてんのかなんなのかわかんねぇよ…それに俺じゃなくても、代わりはいるだろ?」
「…じゃあお前は俺じゃなくても抱くのか?」
「それはない、例えお前そっくりな美女が現れてもお前以外ありえない、無理」
「それと一緒だよ、俺もサンじゃなきゃ許さない、確実に相手を殺す」
「殺すって…でも、そうか……」
「なんだよ、これだけお前がいいって言ってんのにまだ不満か?」
「いや…」

不満って言うか腑に落ちない点はいくつかあるが、でも俺がイヴェールを求めるのと同じくらいにイヴェールも俺を求めてんのはわかった
お互い確実な理由なんて存在しないんだ、俺がローランサンでアイツがイヴェールなことに意味がある
それって多分というか確実にかなり嬉しいことなんだよな、イヴェールは行動にも言動にもそういうのが表れないから言われるとすごく恥ずかしいがその反面嬉しい、俺が一方的にアイツを求めてるわけじゃないんだ

「…不満があるなら、俺はここで男を捨ててやるよ」
「…は?」
「俺とお前が同性であることに問題があるんだろ?だったら俺はお前との壁になる性別なんか捨ててやる」
「…なに、女にでもなんの?」
「違う、俺は男でもなく女でもなくなる、ただの"イヴェール"になるんだ」
「つまりそれって性別イヴェールみたいな?」
「まぁ、そんな感じ、男の俺はここに置いて行く」

「ちなみに言うと、これから俺はお前だけのイヴェールになる」

「大胆だな、プロポーズか」
「世間ではそうなるかもな」
「…いい奥さんになれよ」
「お前はいい旦那さんになれよ」



俺たちは顔を見合わせて笑った
心配事なんて、初めからなかったのかもしれない
盗賊なんて仕事に幸せを見出せるなんて思ってなかったけど、実際俺たちは互いがいればそれだけで幸せなんだ
近すぎて、それが当たり前だから気付かなかっただけ。

この宿を出るときには男のイヴェールとさよならしなくちゃな、なんてくだらないことを言いながら俺たちは馬車に荷物を積み込んでいった










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