サンイヴェ/SH




はじめはこんなことになるはずじゃなかった
仕事で久しぶりに大儲けしたからって、うんと高い上物のワインを買って二人で楽しく飲んでいたじゃないか
明日からの仕事の予定について、冗談を交えながら話し合っていたじゃないか

なのに、

なんで俺はベッドに押し倒されている?
ご丁寧にシャツのボタンが外されて俺の肌が露になっている
このまま行けば俺は間違いなくこいつに抱かれるのだろう
ただ、この状況よりも気になることがある





なんでこいつは今にも泣き出しそうな顔をしている?





「サン…」
「なに」
「俺が男だって、わかってる?」
「うん、わかってる」
「……」
「なぁ」
「どうした」
「抵抗、しねーの?」
「別に、俺が男だってわかっててやってるんだろ、それなら構わない」

俺が無抵抗だとわかってもこいつの表情は和らがない
なぁ、何がお前をそんな表情にしている?何がお前を追い詰めてる?

「サン」
「……」
「なんでさ、泣きそうな顔してんの…?」
「っ、…」


途端にローランサンの顔が歪む、そこまでお前を苦しめるものはなんだ?




「ねぇ、ローランサン」
「イヴェール…俺さ、今幸せだよ」
「うん」
「毎日お前と仕事して、馬鹿やって、今まで…こんなに幸せな時間が続いたことねぇんだ」
「…そうか」
「これからもこんな生活が出来るんだって、信じてる」
「俺だって」
「でもさ、幸せって長続きしないっていうだろ」
「うん、」
「俺、毎朝お前が近くにいること確認するんだ…もし朝になってお前の姿がなかったらどうしようって寝付けない日もある」
「……」

「これ以上、大事なものを失うのは嫌なんだ」


あぁ、やっとこいつの言いたいことがわかったような気がする
"大事なもの"って言うのは確実に俺のことなんだろう

過去に大きな後悔と心の傷を背負ってるローランサンにとって、幸せが続くというのは恐怖にしかならないのだ
変わらない明日を信じることが、出来ないのだろう


俯いて唇を噛んでいるローランサンの頬にそっと手を伸ばす
ビクリと身体が揺れたがそんなことは気にしないあやすように撫でてやれば肩の力が抜けていく


「なぁサン、俺にもさ失いたくない大事なもんが一つだけあるんだ」
「……イヴェールの、大事なもん?」


俺にここまでさせておいて、気付かないなんてよっぽどだとは思う
でもこいつの場合、自分自身は常に対象外なのだ
自分を蚊帳の外に追いやって生きてきたような奴だから
俺は…お前が過去に囚われて苦しむのをもう見たくないんだ


「俺が失いたくないのは、お前の幸せだ」

「お前はさ、もっと幸せになっていいんだよ」
「でも、」
「お前の過去に携わった人間もきっとみんなお前の幸せを願ってくれてる」
「……」
「自分を、もっと大事にしてやれ」


俺は頬を撫でていた手をローランサンの頭に回してできるだけ優しく抱きしめた

「お前が背負ってるもの、俺も一緒に背負うから…」

前がはだけている状態なので直接俺の肌にローランサンの顔があたってしまうが、そんなこと気にしなかった








「……イヴェール」
「ん?」
「ちょっと、このままでいさせてくれねぇかな」
「うん」
「ありがとう……ごめ、な…っ」


小さくなって肩を震わせながら静かに泣き出したローランサン

その涙が俺に染み込んで溶けてしまえばいいのに
後悔とか悲しみとかが、全部一緒に流れてしまえばいいのに

そしたら俺は、お前の苦しみを一緒に背負えるから


彼は誰よりも強く、誰よりも脆い
何度倒れても自分の力で立ち上がろうとする、まるで生まれたばかりの子羊のように
こんなに人間らしい存在にここまでの重荷を背負わせるなんて、神はなんと無慈悲なのだろう
願わくば、これ以上彼を悲しませないでほしい
もう十分こいつは頑張ったんだ

































「サン…落ち着いたら、俺のこと……ちゃんと愛してほしい」

「…う、ん」




互いに抱きしめる力が一層強くなった
この幸せは誰にだって渡すものか








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