イヴェサン/SH
俺の趣味は読書だ
盗賊なんて職業柄、街を出歩いて本を買うなんてことは早々出来ないからほとんどのものは忍び込んだ仕事先からそっといただいてくる
基本は屋敷に忍び込むからその分珍しい本が手に入ったりする
今回拝借した文献もまた珍しいもので、真っ黒な表紙、歴然と書かれた年代記
盗んできたのは一冊だけだがなんとこれ、全24巻もあるらしい
たまたま1巻だと思われるものだったので俺は時間を忘れて読みふけっていた
「イヴェール…」
「…なんだよ」
「暇なんだけど」
「俺は読書で忙しいよ」
「俺より本がいいのかよ…」
「まぁ人間そういう時もあるよな」
「………イヴェール嫌い」
ローランサンはこうやって俺の至福の時間を妨げる
毎回毎回俺にちょっかいを出してはふいと俺に背を向けて落ち込むのだ
こういうときに剣の手入れをするべきなんじゃないのか、ついでに俺のも綺麗にしてくれると助かるのだが…
ともかく、俺はそっと本を閉じた
落ち込んでしまったローランサンを俺は放っておくことが出来ない
こいつは感情の起伏の激しい単細胞だし、一度落ち込むとなかなか地の底から浮かんでこない
そんなに落ち込んでいられると仕事にだって影響する、こちらが気が気じゃないのだ
それに過去にいろいろと抱え込んだものがあるらしく、本当に俺がこいつを必要としなくなったと感じたら音もなく消えてしまうのだ
前に一度だけいなくなってしまい、後悔したことがある
あまり口には出さないが、俺にはこいつがいないとダメなのだ
馬鹿げてるかもしれないが俺はローランサンにこれでもかというほど依存している
前にいなくなったときはノイローゼになるかと思った程だ
街中を探し回り、いろんなとこで彼の情報をつかめないかと試みたが誰もその居場所を知らなかった
夕暮れまで歩き続けた俺は、一度頭を冷やそうと寂れた噴水のある公園に立ち寄った
そこでたまたま見つけたのだ、大荷物を背負ったローランサンを
それからなんとか引き止めたが、あのとき彼を見つけることが出来なかったら俺は今頃どうしていたのだろうか
まとまっていた荷物の中に俺の服が1枚入っていて、その代わりにサンの服が1枚ベッドの上に置かれていたのを見つけて、胸が張り裂けそうな思いだった
俺たちの関係はまるで綱引きだ
いや、綱と言うよりはむしろ1本の糸と呼ぶべきなのかもしれない
それくらいに脆く、ふとした出来事で簡単に切れてしまう
互いに引き合う力というのは、どちらか一方が力を抜いたり手を離したりしてしまうとバランスが取れなくなり崩壊する
俺たちはお互いに少しの距離を持ちながら、こちらに踏み込んでほしいという望みもある
押し合うのではなく、引き合うのだ
しかし、心は通じ合っていてもその関係を信じきれず、手を離して繋がりのバランスを簡単に崩壊させてしまう
人間とはそんな生き物なのだ
俺たちのような明日の見えない盗賊はとくにその傾向があるのではないか
純粋すぎて恐ろしいこの感情を、押し殺して生きているのだ
「サン…」
「…なんだよ、お前なんか嫌いだ」
「そうか、でもあいにく俺はお前のことが大好きなんでね」
「っ…なに、すんだよ」
「愛してるよ、ローランサン」
ベッドの上にローランサンを押し倒す
抵抗しないところをみるとあながちこの対応は間違っていないのだろう
本当のところは彼の機嫌を取るためじゃなく、俺自身が今純粋に彼を求めているという理由なのだが
潤む瞳も、赤く染まった頬も、困ったように垂れ下がる眉も、子供のように高い体温も、今の俺を刺激するには十分なものだ
1本の不安定な糸をより強くする為には、俺たちが心も身体も繋がればいい
歪んだ思想かもしれない、しかし歪んだ関係の俺たちにはこれで十分な理由になる
確かな愛がここにあるはずなのに、それが信じられない哀れな存在
俺たちはきっと神に愛されている存在なのだ
だからこんな風に愛情表現が出来るのだと思う
まっすぐに歪んだこの張力のバランスを崩さないように