サンイヴェ/SH





11月22日が良い夫婦の日、とはよく言ったものだ
妻と呼ぶべき者がいない一人身の俺には全く関係のない話だが、
そういう文化を大事にして仲睦まじくしている世間の夫婦は微笑ましく思う

そんなことを思いながら、商売道具、というか仕事をする上で重要な短剣を磨く
昨日の仕事でも何人か、刺したな…
自分の身を守る為に、容赦なく急所を切りつけたから奴らは今頃あの世なのだろう
奴らにも家庭があって、もしかしたら今日の日を楽しみにしていたかもしれないなと思うと少し心が痛んだ
自分を守る為に、多くの幸せを壊しているかもしれない

いや、でも、自分は任務をまっとうしただけだし
奴らが先に仕掛けてきたんだから、それに対する仕打ちをしたまでだ
…うーん

「なぁイヴェール」

呼ばれた先を見ると、満面の笑みでこちらを見ているローランサンと目が合った
俺が良心と格闘してるというのにこの能天気な顔はなんだ、なんだかイラっとする

「…なんだ」
「そんな怖い顔で見るなよ、俺べつになにもしてねぇだろ?」
「俺の瞑想の時間を邪魔した、立派にお前を恨む理由がある」
「何瞑想してたんだよ」
「…いや、お前に話すほどのことではない」
「ならいいじゃねーか」

話すほどのことではないし、なんか幸せそうなこいつに話すのもえげつないと思ったのだ
人の幸せなんてどうでもいいと思っていた俺がなんでこんなこと考えなきゃならないのか理解できない
さっきのだって、今まで考えたことすらなかった
この能天気のペースにだいぶ巻き込まれてきている…
つまり馬鹿がうつっているということか、それはまずいな

「…なんかお前、俺にすっげー失礼なこと思ってるだろ」
「……何故わかる、お前は超能力者か」

なんだ、能天気かと思えば俺の心を読みやがったぞ
どういうことだ、ローランサンは超能力でも使えると言うのか
そんな馬鹿な、こいつが使えるのなら俺は今頃遠い未来が見えていてもおかしくないはずだ

「誰が超能力者だよ、そんなんなくてもお前の考えてることなんて大体わかるっつの、何年一緒にいると思ってやがんだ」
「…えーと、お前がまだお漏らs「余計なことは言わなくていいっ!!」……聞いたのはお前じゃないか」
「うっさい」
「わがままだな」

自分から聞いといて言うなとは、まったく身勝手な話だ
どんな教育を……っと、こいつの教育はサヴァンがしたんだったな
なるほど理解、サヴァンは教育を失敗したということか
転職をするのなら、家庭教師にはならないほうがいいと今度伝えることにしよう
というか彼の職業はなんなんだろう

今度しっかり聞いてみようと思う

「…で」
「は?」
「お前俺に用があって呼んだんじゃないのか」
「おぉ、そうだった!」

あほか、忘れるのが早すぎるだろう
単細胞かなんかかこいつは
明日からの仕事が心配になってきたぞ、いやいつも心配ではあるんだが

「…俺は単細胞じゃねーからな」
「やっぱりお前超能力者「でもねーよ!」…じゃあなんだ」
「ただの人間だっつーの、それよりイヴェール、じゃんけんしようぜ」
「は?」
「じゃーんけーんぽん!」

その掛け声を聞いてしまうと人の体は勝手に脊髄反射で手を出してしまうわけで
その策略にまんまとかかってしまった俺は咄嗟に握りこぶしを出した
対するローランサンは完全に手のひら

つまりグーとパーで俺の負け

咄嗟と言えどもこいつに負けるのは悔しかった…
しかもパーに負けた、頭がパーな野郎の出したパーに負けた…

「よし、じゃあこれ」

負けたという不覚の事実に打ちひしがれていたら布の塊を渡された

「……これ、女物じゃねーか、罰ゲームでこれを着ろって言うのか」

渡されたのは前に滞在していた宿で女装任務用にって宿の娘に貰った服だった
パーに負けた俺に対する罰か、罰ゲームなのかこれは
でも普段の任務で着ることがあるのだからべつに恥ずかしくもなんともないぞ、安い罰だな

「んー、ちょっと違うかなぁ…」
「じゃあなんだよ」
「それ着て俺と街を歩いてもらう、つか買い物に付き合ってもらおうと思って」
「は?」

なんだその罰ゲームは、公開羞恥プレイとかいうものか
わざわざそんなことをしてまで買い物に付き合ってほしいのか、素直に頼まれれば行くのに
それとも男のままの俺と街を歩きたくないとでもいうのか、失礼な奴だな
罰なのだから仕方ないが気に食わないからあとでこいつのパンツ隠してやる
パンツがないと困るがいい、いい気味だ

「まぁ、それに着替えて買い物に付き合ってくれ」
「なんでわざわざ女装なんて…」
「…今日、いい夫婦の日、だろ」
「知っているが、というかお前も語呂合わせというものは知ってたんだな」
「ば、馬鹿にするなそれくらい知ってらぁ!」
「馬鹿にはしていない、感心してるんだ」
「そっちのが性質悪いわ」
「まぁ気にするな、で、いい夫婦の日がどうした」
「うー…そのだな、あれだ、率直に言うと真似事でいいからお前と夫婦になりたかった、みたいな…」

とかいうローランサンの顔は見たことないほど真っ赤だった、酔ってもここまで赤くなったことはない

となると、こいつは俺のことが好きらしい、ほぅ…

なんとなくは知ってたけどな

ローランサンほどわかりやすい人間はいないと思ってる
常に共に行動していたのだから嫌でもわかる
べつに好意を向けられるのは嫌いじゃない
職業上忌嫌われるものなので、むしろ嬉しかった
立派に俺の存在意義になっているのだから

だから俺もそんなローランサンが好きだった
これが恋愛感情なのかどうかはわからないが、それでこいつの存在意義になるならそれでいいと思った

馬鹿だけど俺の生活には欠かせない存在だからな

いろいろ考えて、
日を見てじゃんけんまで使って俺と夫婦ごっこをしたがるこいつが無性に愛くるしいと思った
真っ赤になってこちらの様子を伺う姿が愛しかった

あれ、これって世間で言う恋愛感情だな…
好きっていうのはこんなものなのか?

不安そうな顔のローランサンに背を向ける、きっと今やつは絶望に満ちた表情をしてるのだろう
それも見たいがそれはまたの機会にする

「…ふーん、じゃあ外に出とけ」
「え?」
「え?じゃねーよ、俺がこれ着てお前と夫婦しながら出かけるんだろ?着替えるから先に出ろって言ってんだよ」
「うそ、マジでやってくれんの…?」
「男に二言はない」
「…やったー!!」

そういって後ろから飛びついてきたローランサンの腹に思い切り肘を入れた
呻いてはいたが心底幸せそうな顔をして部屋から出て行った

全て貰い物だが、折角なのでメイクもしてみようか
髪もおろしてうんと女っぽくしてやろう
俺の姿を見たあいつはどんな顔をするんだろう
街に行ったら腕を組んで、本物の夫婦のようにしたててやろう


…男として腑に落ちないがローランサンが幸せならそれでいいか
自分も結構好きなんだなと自覚、鏡に映る真っ赤な顔はきっと俺のじゃない

…っと、出る前にあいつのパンツを隠さねば…




愛するものの幸せが何となくわかった気がした
とりあえず、明日からの仕事は無駄な殺生をしないように心がけようと思う







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