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truth
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目が覚めたら、そこは異世界だった。

「……嘘」

いつもとは違う天井、ベッド。
嫌が応にも目を覚まされ、呟いた言葉はお約束の内容で、静かな石造りの部屋に妙に響き、ボキャブラリーの少なさに恥ずかしくなる。


ちょっと、私の日常は?
趣味のパーク通いは無理な訳!?
MATTYの笑顔を返せ〜〜〜っ!

……と、叫びたい所ではあるんだけど、ここが何処だか把握してしまっている節もあり、期待の方が膨らむのは否めない。

取り敢えず、状況確認をしようと窓の外に目を向ければ……広がるのは、湖水地方に広がる美しい自然。
訪れたことはないのに、何故か回顧を感じるこの土地は間違いなく


「ホグワーツ、だわ」


そう認識をした途端、頭の中に新たな記憶が構築を始めた。

ホグワーツの中での、私と言う人物の情報が。
どう過ごしていたかの情報が、あっという間に作られ、まるで事実であったかのように記憶が刻まれる。


その中には、リアル世界で知る名前もチラホラ含まれていることに、何処か安堵感を覚え、段々と肝が据わって行く。


ここでの私は

美苑 雪姫花(Yukika Misono)
担当教科:占い学

らしい。
妙にリアル世界の占い師スキルが反映されている辺り、ご都合主義なのはトリップだからそんなもんよね?と、妙に自分を納得させて


「折角だから、楽しむことにしますか」


ニヤリと微笑うと、新たにまた一つ記憶が刻まれる


「……バレンタイン?
 面倒な時に来たな、こりゃ」


苦笑を浮かべ、ホグワーツでの生活を開始した。









そして、2月14日。

過ぎたるほどに静かで、暗く寒い研究室の机の端に、金のリボンで結わかれた小さな箱をちょん、と載せると

「お前もか……」

目の前で教授が渋い顔をして溜息を吐く。
ああ、これ見るだけで現実世界に帰りたくなくなるわ。……なんて妄想をしていると、嗜めるような言葉が飛んで来た。

「子供と同レベルになってどうする。
 教授をするには、その相手の目線になることも時には必要だが、精神的レベルまで落としては程度が知れる」

愚痴が混ざったような言葉は、本日大はしゃぎのお歴々や、向こうに積まれる沢山のチョコの所為ですね?教授。

心の中で呟きながら、思わずくすりと笑みを浮かべると、トレードマークのようなひと睨みが飛んできた。
それをするりとかわし

「別に、子供だけの行事と言うわけではないんですよ?
 ……日本には、別の意味合いもありまして。日頃の感謝の気持ちを込めて、お世話になった方や同僚に、小さな贈り物もするんです」

だから、どうぞお納め下さい。と、先ほど置いた小箱をすっと押し出す。

「スネイプ先生は、日頃神経も頭も使い過ぎです。
 糖分、必要ですよ。きっと。
 気が向いたら、それで一息吐いて下さい」

じゃ、と首を傾げ、それ以上の返事は聞かず、研究室を後にした。











「それで……渡せたのかね?」

何もかも見透かしたような涼やかな笑みを浮かべ、何処を見ても隙のない紳士は、華奢なティーカップを口元に運ぶ。

その目の前に置かれる箱を見れば、その問いの答えなんて容易く出る筈なのに。


「今日も暇潰しですか、理事」


誰もが怯む理事、ルシウス・マルフォイを相手に嫌味を返す。
先に揶揄ってきたのは向こうなんだから、このやり取りだって言葉遊びに一つに入る筈だ。


「何、日本出身の女生徒のひとことで、今日のホグワーツは賑やかになるだろうと噂を耳にしたので様子を見に来ただけだ」


くつりと微笑うその空気に、何故か私は逆らえない。
女の愚痴を聞くツボを心得てる。この人は。

流石紳士と言うべきか……懐の広い大人と言うべきか。
寄りかかりたくなるような気持ちを、ぐっと堪える。


「渡しましたよ、ちゃんとね」

目を逸らして応えると、その割には目の前にあるものは何であるか尋ねるように

「日本には、本命と義理……とやらが存在するようだが?」

返される言葉。


「渡せる訳、ありません」


反射的に私は答える。


「私は、彼のああした主義主張が好きなんです。
 馬鹿みたいに真っ直ぐな所も。
 ……それを壊すような行い、私には出来ません。
 彼には、彼のままでいて欲しいんです」


本心を口にすると、堪えていたものがガラガラと音を立てて崩れて行く。
偽り、理想の自分に着飾った全てを脱ぎ去り、裸の心にされて行くようだ。


もう、白旗を振るしかない。


「だからこれは、あなたに差し上げます」


最期のひと箱、チョコレートカラーをした宝石箱のようなギフトボックスを、目の前の彼にそっと手渡す。
プラチナブロンドが当たり前のようにボックスに映えるのが何となく悔しい。
でも、それに呑まれるのも悪くはないのかもしれない。

既に世界に呑まれてしまっているのだから。


「おや、私で構わないのかね?」


一応問い掛けはするが、その表情は疑問の欠片も感じていない。
全く、この自信は何処から来るのやら。
……だけど、思想から出来上がった不安定なこの世界では、それが妙に安定を与えるのだから不思議でならない。


「……私は、どちらかと言うと不器用な人間で、彼と同類なんです。
 だから、彼と釣り合いが取れないのも重々承知です。

 あなたは、そんな私をいとも容易く素直にさせてしまう。
 物理的に脱がすのもお得意そうですけど、精神的に脱がすのが非常にお上手で……私自身には、あなたのような方が心地好いんです。

 お気に入りである限り、あなたは惜しみなくその対象を愛玩してくれそうですから。私、構われ気質なのは自覚してますから。
 精々、お気に入りでいられるように努めるとしましょうか。

 何事も経験、愛人も悪くないかな」


私の言葉に、彼は肯定も否定もしない。

ただくつりと微笑って、他の箱と同じように、手にした箱を懐に収めたのだった。
 
 
 

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