文
□恋愛指南
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【恋愛指南】
シャーペンを振る音が俺の意識を空想から引き剥がした。本から顔を上げて正面に座っている跡部を見る。彼は机に向かい、黙々とペンを走らせていた。垂れた前髪や、伏せられた睫毛、それにペンを握る白い手に浮いた骨は、もろに俺の理性を刺激する。すると視線に気付いた跡部の青い目が俺を捉えた。この目に見つめられれば暫くは残像が瞼の裏に残って消えない。
「何見てんだよ。」
跡部はこのところ、勉強ばかりで俺に構ってくれない。全国模試が迫っていると言うものの、そこは実力勝負と割り切って考えている俺には大したことではない。跡部は天才のくせに努力をする。それを最初は嫌味だと思っていたが、最近では尊敬するようになった。
俺のそんな気持ちの変化に、跡部は気づかない。
「跡部って実は努力家なんやね。」
「フン、てめえ、それは嫌味か?」
跡部がシャーペンを置いて腕組みをする。嫌味、ではない。言い方はまずかったかもしれないが、誤った捉えられ方をされると必然的にこちらもイライラしてくる。「だって」と弁解しようとしたが、跡部は重ねて喋りだした。
「てめえこそ、こんなときに恋愛小説なんか読みやがって。お前だって俺が話しかけても「あとで。」とか平気でいうくせに。」
何様だ、と跡部に言われてしまった。俺様気質の跡部に何様と言われるのが、割りとショックで笑える。それにしても、言われてみれば、確かに俺が本に夢中になっているとき跡部にはそっけない態度をとってしまっているのかもしれない。そんなことを言われて初めて気づく自分にはため息が出る。だが、俺が勉強しても跡部は恋愛小説を読まないだろう。俺が恋愛小説について話したところで跡部はいつだってつまらなそうに返事をするだけだ。
「恋愛小説のどこがいい?」
終いにはこれだ。呆れつつも、しかし、俺はあることを思いついた。
「跡部も読んだらええねん。勉強になるから。」
「俺様に恋愛の勉強だと?」
何を今更、という跡部の態度に、内心俺は笑った。跡部の自信たっぷりの表情が俺に予感させる。楽しい時間の始まりを。
「俺様がいつお前を失望させたんだ?アーン?言ってみな。」
跡部も楽しそうなのは、細められた目を見ればわかる。挑発は成功したが、俺たちはここが模試を数日後に控えた人間ばかりが集まる図書室であることを忘れている。見つめ合ったまま、机の上にあった俺の手にそっと跡部の手が重なった。椅子から立ち上がり、身を乗り出した彼との間にできた距離は僅かだ。この距離を越えてはならないと頭では解っているのに、その澄んだ水面に吸い込まれてしまいそうな感覚に襲われる。吸い込まれそう。否、吸い込まれたい。
「ぜひ御指南賜りたい・・・。」
深く、跡部の身体の何処かにある空洞で響くその低い囁きが、俺の脳みそを溶かしてしまう。理性を侵されずに彼に恋愛を指南するのは、簡単にいきそうもない。
「どうなんだよ・・・侑士。」
目の前で口角が艶やかに引き上げられた。俺は静かに目を閉じ、瞼の裏に映った青い影を見つめながら、身を前へ傾けた。
fin.
あとがき
ご想像にお任せします・・・汗
いやでもパブリックはいかんでしょ^^;書いててどーしようかと思いながらも、理性決壊。跡部にご指南はきっと不要デス。
つか跡部よ。“短補遺ざー”と名のつく技を繰り出しながら恋愛小説を読まないとはどういうことだ!知ったかぶってるって、いぬいに馬鹿にされちゃうよ!でもそれもまたいいよ!予想外のところから絡み降ってきたっ!
お読み頂きありがとうございました。
結花