箱庭
□死にかけのボクはいつも箱の中
2ページ/16ページ
放課後。
立ち入り禁止の屋上に登り、下校する皆の背中を眺める。
サビたフェンスの向こう側。
そこに俺は、行きたくて仕方がなかった。
すでに死にかけの俺は、死にたくて死にたくて仕方なかった。
「真っ赤なお鼻の〜♪」
歌が聞こえる。
まだ9月で、冬には早い。
なのに この曲…。
歌の主を探す。
右、左と見て、もう一度右を見る。
注意のためとかじゃなくて、あまりに意外な所にいたため、気付かなかった。
1、2メートル先に、同じクラスの女子が1人、立っていた。
しかもそれは、
フェンスの向こう側
「なっ何してんだよぉ…!!!!」
「でもっその年のー、クリスマスの日〜♪」
聞こえなかったのか、彼女は歌い続ける。
「……なっ何してんだよぉ…!!」
「聞こえてるわよ。ごめんなさい、2回も同じこと言わせちゃって。
えっと…ごめん、私 目悪くて…誰かなぁ…。ちょっと待って、そっち行くから。」
「いや来るな!!じゃなくて動くな!!!そこでジッとしてろ!!」
「えっ何?ごめんなさい。私耳も悪いのよぉ…」
困った顔をしながら、1歩2歩と彼女は歩く。
「最初のは聞こえてたんだろ!?なんで急に聞こえなくなんだよ!!
いいから、そこにいろって!!!」
「ごめんなさい、2歩動いちゃったわ。戻るわね?」
「いいよ!!頼むから動かないでくれよぉ!!!」
たった15センチほどの幅を、彼女は廊下でも歩くように、こっちに向かってくる。
フェンスを掴むでもなく、悠然と、髪をいじったりしながらだ。
そして彼女は、俺のフェンスを握っている手と重なるように、フェンスを握る。
「あら、あなたは同じクラスの“信長 笑太(ノブナガ ショウタ)”君?」
「お前は同じクラスの!…えっと…アレ…?」
「私の名前を覚えてないってことは、信長君は男に興味があるのね。」
「何でそうなる!!」
「女子の名前を覚えないのは、男の方が好きだからよ。」
「絶対違うだろ!?」
「え?だって信長君、羽坂君と仲良しじゃない。」
「友達だよ!!お前どんな目で見てんだ!?」
「ごめんなさい。私、腐ってて…。
私ったら この前、信長君が先生(男)に怒られてる時も、そんな目で見てたのよ。」
「ねぇ本当にどんな目!?」
いや、こんな やり取りをしている場合じゃない。
話している感じ、自殺じゃないようだ。
でも早く この子をこちら側へ来させないと、大変なことになる!!
「君、こっち来て!!」
「行きたいのは山々なんだけど、行き方を忘れてしまったの。
というか、正直なところ、こっちに来れたのも何でか分からないのよ。」
「すげぇなっ!!」
「ヤダ…褒めないでよ…///」
「照れんな!!!お前のその空っぽの頭が、すげぇっつったんだよ!!」
「ごめんなさい、私耳が悪いの。」
「さっきも聞いたよ!!てかソレ絶対嘘だろ!」
「…なんか…飛び降りたくなってきちゃった…」
「ごめんなさい!!俺が全て悪かったです!!」
「あら、認めるの?男が好きって。」
「そんなこたぁ〜、一言も言ってねぇだろ!?」
「照れ屋さんねぇ。隠さなくてもいいのに。私はあなたの事、全部知ってるわよ?」
「あなたは魔女か何かですか!?」
結局 彼女に流される。
きっと最初から、彼女なんて助けようとは思ってないんだ。
俺はただ、自分より先に逝って欲しくないから…
「…お前…何でそんなとこにいんだ?自殺する訳じゃねぇんだろ?」
彼女は夕日をバックに、クスリと笑う。
さっきまで真っ黒だった髪が、太陽の光で透けて、茶色くなる。
「さぁね。きっと…あなたと同じよ。」
何でもお見通しというような顔で、彼女は俺を見ている。
夕日のせいで、俺の心も透けてるのか?
違う。
そんなはずない。
この女はただ、分かったフリをしているだけ。
「…あっそ。分かりましたよ。」
俺はクルリと彼女に背を向ける。
「あら…行ってしまうの?つまらないわねぇ…。
あっそうだわ?あなたもこっちに来ない?」
彼女は手招きする。
「…何で?あんた一体、何がしたいの?頭イカレてんじゃない?」
「だったら あなたもじゃない。来ないの?ここにあなたの望むモノがあるのに?」
「…その先に…望みなんてない…。」
「でも、あなたは求めてる。そうでしょ?信長君。」
馴れ馴れしく俺の名を口にする彼女の唇は真っ赤で、見覚えがなかった。
こんな女、クラスにいたか…?
大体、何で俺、同じクラスの女子だって思ったんだろ。
名前を、いつまでも思い出せないのに。