箱庭

□光の三原色
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「ちくしょー、もう辞めてやるぅ〜!!」


「あぁっ、中ちゃん…!!」


生徒達でごった返した教室の中、彼は仕事を放棄して飛び出していく。

あぁ、やってしまったと後悔しながら俯く。


ガラスで出来た玄関の扉からは、今日も青空が見える。



「あーぁ、中川先生でてっちゃったぁ。」

「今回も雪が悪いね。」

「言い方が悪いんだよぉ。」

「本当に雪は子供だよなぁ。」


「うるさい、チビッ子達…!さぁ、手を動かせ!!」



説教をし始めた生徒達を怒鳴りつけて、授業を再開する。

彼を追いかけたいのに、小さい子が多い教室のため、それが出来ない。

そのくせ俺の事は先生と呼ばない、生意気で大人びたガキ共…



「言われなくたって分かってるよ、俺が悪いことぐらい…。」



ポツリと呟いたその言葉は、子供達の笑い声と泣き声で掻き消された。








中ちゃん不在の中、子供達にバカにされつつなんとか無事終了し、中ちゃんがいるであろう所に電話をかける。

コール2回ほどで、そいつは出てくれた。



「よぉ西野。その…中ちゃんそっちいる…?」

『よぉ北村。一応いないことになってるぞ。』

「良かった、やっぱりお前ん家だったか。毎回悪いな、迷惑かけて…。」

『いや、いーけどさぁ。今回は何があったわけ?』

「う〜、俺が全部悪いんだけど…」

『それいつものことじゃん。』

「まぁ、そぉーなんだけど…。」

『大体、なんでいっつもこーなるわけ?』

「いや…ついつい格好つけよぉーとしちゃってさぁ…思ってもない事言っちゃうんだよね…。」



本当に、どうしてあんな事を言ってしまったんだろうか。


―― 中ちゃん、俺のこと嫌いになっちゃったかな…


そう思ったら、泣きそうになった。

彼に嫌われてしまったら、この先どうすればいいんだろう…

ただただ、不安と悲しみでいっぱいになる。




『おいおい、泣くくらいだったらすんなよ。大体、何でそんな必要があんだ?』

「だって…中ちゃん、ちょーカッコイーじゃん…。」



細くてふわふわした茶色い髪。

鼻筋の通った、綺麗な顔。

背が高くて、手足が長くて、凄く細いんだ。


それに比べて俺は、直毛の硬い黒髪で、鼻ぺちゃだし、背も低くて、手足も短くて、少しぽっちゃりしてる…。

だからつい、格好つけようする。


でもそれは、彼に好きになって欲しいからで、決して嫌われたいわけでも、ケンカしたいわけでもないんだ…。




『だからさ、そういう事を言ってやれよ、俺にじゃなく。』

「…うん…。」

『しおれんなよ、お前らしくないぞ?』

「おう!サンキューな西野!!」

『ふっ、惚れんなよ?』




「ありえねぇから」と笑いながら言おうと思ったら、電話の向こうから西野の『ぐはっ』と言う声がして、次に『ちょっ中川、今のは冗談だから…!!』と慌てた声がして、最後に『ぎぃやぁ〜!!!』と言う叫び声がして、何も聞こえなくなった。


え…何があったの…?

西野、死んだ…?


状況が把握できずオロオロしていたら、電話の向こうから息遣いが聞こえてきた。

おぉ、生きてんじゃん。




「西野、大丈夫か?なんかあった?」

『…西野じゃなくて悪かったな。』




その低く響く声は、俺が求めてやまないものだった。



「中ちゃん…!!」

『雪弥、俺は絶対お前を放さないからな!!』

「え…!」



嬉し過ぎて、火がついたみたいに全身が熱くなる。

いつもそんなこと言ってくれないのに、急に言われたら何て返事すればいいか分かんないじゃん…!!



『雪弥、何か言ってよ。まさか、本当に西野に惚れたのか?』




電話の向こうで、眉を八の字に寄せてしょんぼりしている中ちゃんの姿が浮かんだ。

カッコイーのに、自信なくて、少し頼りない中ちゃん。

大人っぽいのに傷つきやすくて、すぐに逃げ出しちゃう中ちゃん。

そんな中ちゃんが、俺は―――




「中ちゃん、大好きぃ…!!」

『!!そ、それ、生で聞きたい…!!』

「じゃあ、すぐ帰ってきてよ。俺、寂しくて死んじゃいそう…。」

『それどんな顔で言ってんだ…!?』

「知らないよう…。中ちゃん、早くぅ…」

『!!今出る!!』




そう言ってすぐ、中ちゃんの声は聞こえなくなった。

早く会いたい。

早く帰ってきて。

今日は、素直な気持を言えるから…



受話器を握る手に、汗がにじむ。




切れたはずの電話の向こうから、

『俺、なんかした…?』

と言う声がしたが、それを聞く者はいなかった。





end
 

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